第549話 霧の中 ④

「我が子供と思うて、適当な答えをするでない。

 主らにも、事情や責務があろう事は、こちらも重々承知している。

 我が、公主の墓に祈るのも、事情や責務があるようにな。

 帰れと申すのなら、こちらもわかりきった問答を繰り返すしか無いだろう。

 祈る事も許さぬなら、その理由を申してみよ。

 そして我らを押し戻すとは、どういう意味かを考えるが良い。

 我は神殿から参った。

 我を守るは王の兵也。

 それを押し戻す、コルテスと自称するその方らを囚え、神と王とで問答を繰り返すも吝かではない。」


 と、ここまで滔々と言い切ってから、何やら自分の口がまわりすぎると気がつく。

 どうも、内なる者共グリモアが勝手に勢いを支え始めているようだ。

 止めてほしい、お喋りが過ぎる。


「主ら、墓守がお慰めして、心安らかに眠られておれば、我もこのような物言いにならぬものを」


 鼻白む様子を見せていた男達に動揺がはしる。


「ようよう通えず置き去るようなこの場所に公主はある。

 厳重に箱に詰め、ここが定めとな。

 致し方なく、我はここまで会いに来た。

 その我に、主らは悪童が道を通さぬと申すような物言いぞ。

 コルテスの土地?

 祈るはならぬ?

 ならば、主らが何者であるかを示せ。

 祈らせぬ理由を述べよ。」


 そして動揺し何かを男達が言う前に、私は言葉を続けた。


「公主を置かねばならぬ理由を言えば、我らを信じるか?」


 それに馬上の、墓守とおぼしき男が怒鳴る。


「理由とはおかしなことを、そのような妄言を申すでない」


 やはり自称墓守達は、何かを知っていそうだ。


「墓所にて応たぞ」

「なにを」

「墓所でな、出てきたぞ」

「やはり子供であるな、何を馬鹿げた」

「その者は、主ぐらいの背丈の騎士であったぞ。

 襟高の濃紺の服を着ておった。

 左利きであったな、少し傾いだ姿勢でな」

「馬鹿な!」


 鏡の中男の話をすると、墓守は悲鳴のように怒鳴った。

 それを冷めた思いで見やる。

 これは、この男、墓守ではないな。

 と、何故かわかった。


「顔は定かではない。

 肩口までの髪は黒く、服装は濃紺。

 中央の騎士風の衣装であったな。

 それがな、鏡の中におった。そしてな」

「嘘を言うな!」


 自称墓守の声は震えていた。

 そしてその全身もぶるぶると瘧のように震え、両手は拳に握りしめられる。

 手の中の手綱が引きちぎれる勢いだ。

 これには、見守る獣人兵達も首を傾げる。

 私が語る言葉なぞ、笑って受け流す程度の戯言だからだ。


「嘘?では、証明するためにも、皆で一緒に参ろうではないか」


 と、私が暗い湖面を指差す。

 すでに白い影となる墓を囲むは闇だ。

 日は暮れて、焚き火の灯りと自称墓守達の灯りだけが、周囲を照らす。


「ならぬ、お前たちは墓に行ってはならん」

「ひとつ言うておく。

 もうすぐ、ここに残りの護衛が来る。

 全員揃えば、主らの三倍以上の数じゃ。

 言いたくはないが、今でさえ、お主らの物言いを捻り潰すぐらいの事はできるのだ。

 何故、そうして阻むのか、理由を言うて貰えれば、我もここを速やかに立ち去ろう事もない。

 我は神使えである。

 無闇に争う事なぞしたくない。

 だが、その判断が主らもできぬというのであれば、コルテス宗主にお伺いを立てるもよい。

 それまで我らはここで待つこともできる。

 如何であろうか?」


 それに自称墓守は、ため息で答えた。

 その表情は暗く、影を落としている。


「何も、言う事は無い。」


 我々が立ち去らない事を理解したのだろう。


「今宵は、ここに留まるがいい。だが、墓には立ち寄らず、明日には去るがいい。」


 と、彼らは獣人兵を押しのけるようにして、湖の縁を進み闇に消えた。

 ミアが手出しするなと身振りする。

 

 墓に行ったのだろうか?

 戻ってくるのだろうか?

 

 どっと疲れてしゃがみ込みそうになる。

 それをミアが後ろから支えてくれた。


「お疲れ様でした。

 無理をさせてしまいましたね。」

「いいえ、余計な口出しでした」

「大丈夫ですよ、私達だと暴力沙汰になっちまいますからね。

 墓からどっちに行くか追わせるんで、ちょうどよかったですよ」

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