第871話 モルソバーンにて 其の五 ⑦

 部屋の壁を探ったが、入口の扉以外に出入り口は無い。

 無いように見えた。

 しかし、アーべラインの糸は壁を突き抜けている。

 霊的なモノだから突き抜けている、という訳では無いと思う。

 何事も、罪を犯すのは人間が元だ。

 その人間が入り込む場所があるはずなのだ。


 この部屋は建物の端にあり、その建物は外殻と癒着するように建てられていた。

 先に続いているとすれば、外殻壁という事になる。

 多くの都市、街を囲む本格的な壁の多くは、中身がある。

 戦用の壁にも、内側に兵士が配置できるようになっており、只々害獣を防ぐ石積の壁ではない。

 ここも石材が積み上げられていたが、内部は強度を増した外側から内側に空間を持たせた二重壁になっているそうだ。

 ただ、外殻は自由に出入りできる構造ではない。

 あくまでも壁であり、街を守る物だ。

 内部に続く道があったとしても、金庫の部屋にあるとは思えない。


 とするなら、可能性は幾つかある。


 魔導を使った場合だ。

 こうなると際限ない話になりそうだが、実は魔導は呪術と同じ方法を使う。

 制限があるという事だ。

 一番は、無からは生み出せないという当たり前の話しになる。

 物語の偉大な賢者のように、杖一振りで願いが叶う事は無い。

 そして常に同じ現象を作り続けるには、糧が必要なのだ。

 非効率であるからこその、影響深く忌まわしい行いが必要になる訳だ。


 もっと簡単に言えば、暖炉には薪が必要だ。

 この場所にそのような力の流れは無い。


 妥当に考えれば、この部屋には仕掛けがあり、単に見落としているだけという事だ。

 仕掛けなら、カーン達に任せれば良い。

 すでに、疲れ切っているのもある。

 彼等を殺してしまうところだったのだ。

 できれば、何処か温かい場所に潜り込んで寝てしまいたい。

 と、弱音を吐くのは、まだ早かったな。


 私は少し疲れたので、この部屋の椅子に腰掛けた。

 ザムが椅子の埃を払い、座っていてくださいと勧めてくれたのだ。


 少し寒い。

 少し喉が乾いた。

 少し、不安で怖い。

 けど、まだ大丈夫。

 先程の騒ぎに比べれば、ここでのいたずらは可愛らしいものだった。

 何となく思う。


 この世界の怖い事は、まだ我慢できる。

 でも、この世界を壊そうとしている何かは我慢できない。

 グリモアの言う理の違いだろうか。


 蝋燭がもうすぐ燃え尽きそうだ。

 と、ぼんやりとする。

 少し眠い。


 カーン達が棚や物を動かして調べる姿を眺める。

 蝋燭は、あと少しで燃え尽きる。


 木の椅子と机。

 部屋はぼんやりと明るい。

 開けられた金庫。

 古ぼけた棚。

 いたずら好きの何かは、何処に隠れたのかな。

 カーン達の影。

 私の影。

 動く度に壁に影が踊る。

 ぼんやりとしばらく見つめる。


「どうした?

 濡れて冷えたか?」


 カーンは手袋をとると、私の額に手をあてた。

 その肩越しに蝋燭の灯りが揺れる。

 イグナシオとザムは二人で何事か話している。

 揺れる灯りに背後で動くのは、誰の影だ?


 影は椅子から立ち上がると、棚のところへ向かい、しゃがみこむ。

 動き、繰り返す。


 誰の影だ?


(皆、君と遊びたいのさ)

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