第870話 モルソバーンにて 其の五 ⑥

『これを持ち出したいのですが』


「これを運び出すそうだ。

 割れないように、梱包する物と袋かなにかを探してくれ」


 カーンが厭そうに言うと、ザムが部屋から出ていった。


「こんな物を持ち歩く気か?」


『取り残せば、祟るでしょう。

 在るべき場所にお連れしないと、後々、大きな障りになりかねない』


「祟る?」


 カーンの言葉に、イグナシオが珍しくも微かに慄くのが伝わる。


「祟るのか、娘」


 しっかと見つめてくる瞳に、壺を見つめて吟味する。

 祟ると感じた。

 何故だ?


(僕達も同意だよ。

 これで祟らぬとは思えない。

 迷信であったのは、先程までだ。

 人が奪われ、魔も眠りについていた今までの話さ。

 そして過去だ。

 眠らせる前の時代、この儀式は多くの呪詛の糧となり猛威をふるった。

 多くの墳墓に、怨念を込めて埋葬するようになっていたのさ。

 本来の、来世を願う埋葬の儀式ではなくなっていた。

 だから、迷信まで薄めたのだ。)


 スッと差し込まれる知識。

 人々の願いが、怒りや憎しみ、戦や貧困などによって拡大していく幻が見える。


(ここでこのような姿になっているとは、僕たちも思わなかった。

 なんと悲しいことだろうね。

 人に安らぎを、罪人に眠りを。と、願った末が、この有り様だ。

 さぞや怒り狂っているだろう。


 何の話か?

 年寄りの昔話さ。


 さて、これは祟る。

 断言だ。

 供物が手に取れば、許されるだろうがね。)


 罰当たりな行いを受けた死者は、報復を望むし、見境はないという事か。

 当たり前の話だ。

 そして今は、死者の怒りという生者の迷信に、力を持たせてしまった。


(君の所為じゃないし、罰当たりがいて祟られるのは元よりだ。

 そうじゃないかい?

 君が目隠しをとったところで、本当に力強く神に侍る魔や呪詛は、打ち消せるものではない。

 迷信ではない、教訓であり本当の話さ。)


「カーン、娘は何と言っている?」


『祟る品ですので私が持ち、後に神殿の方々にお願いしたほうがいいでしょう』


「こいつが持ってる分には、まぁいいらしい」


「...」


 じっと見つめられる。

 イグナシオが苛つかずにいると、こちらが落ち着かなくなると知った。

 不思議なものだ。

 そうして私を見つめてから、彼は何故か頭を振った。

 どう見ても、本当かよ、冗談だろ?と、言う感じである。


『祟ると言っては、まずいのですか?』


「このあたり一帯を火の海にしてぇのか?

 行くも引くもできねぇ上に、自滅してコッチが炭になるのが落ちだ」


 との言葉が聞こえているのかいないのか、当人は既に手にしていたモノを腰に戻す。

 いつでも準備万端なその姿に、私は頷くに留めた。


「布で巻きましょう、それから縛って袋に」


 ザムが調達してきた布を受け取ると、壺を手に取る。

 見た目より軽く、中身は既に干からびていそうだ。

 それを丁寧に包み、紐で縛る。

 携帯している革袋に詰めて、自分で背負おうとすると、ザムが取り上げて自分の腰に巻いた。


「自分が運んでも問題ないですよね?」


 多分、大丈夫だろう。

 敵意は壺そのものからは、感じられない。


(親戚の娘が会いに来て嬉しいのかもね。

 のほほんとしているねぇ。

 まぁ彼の家族が、罰当たりを心底呪うだろうし、呪い続けているだろうしね。

 見つけてくれた供物の娘には、恩恵があるだろうさ。)


 どういう事だ?


(善意には善意だ。

 病の者へと尽くし笑顔を向ければ、苦しみ多くとも笑顔がかえる。

 ならば痛みを相手に与える者が、無事でいられる訳もない。

 まぁ気にしなくていいよ。

 君は死者を見つけ、きちんと神官へ渡して供養しようと考えた。

 それだけの話さ。)


 無駄口が増えているぞ。


(それだけ、楽しいのさ、ふふふっ)

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