第869話 モルソバーンにて 其の五 ⑤

(本来、死体は分ける事無く埋葬するものだ。

 もちろん、故意に分断してはならないという話だよ。


 長い戦いで、故郷に戻れるのが遺髪のみの事だってあるからね。

 体が粉砕されようと、野辺で朽ちようとも、それは問題ではないのだ。


 儀式として利用する事が禁忌、いけない。と、いう話だ。


 もし、埋葬してあるこうした臓腑の壺を見つけたならば、本来は手をつけてはならない。

 それでも、どうしても墓を移す事もあるだろうし、古い遺跡から出てくるかも知れない。

 そういう時は、祭祀を執り行うだろうね。


 そしてね、これが悪事に利用される物だから駄目だ。と、いう話でもない。


 神の家に置かれていない臓腑の壺が、金目の物を置く金庫の中にあった。

 これはいけない。

 わかるだろう?

 臓腑の壺は、分けられた遺体だ。

 本来は何処にあるべきかな?

 そうだ。


 これは墓を荒らしたという証拠だ。


 じゃぁ、何者も恐れない野蛮人どもが、息をひそめるのは何故だと思う?


 臓腑の壺に関する、だ。


 南部人の場合はこうだ。

 口をきいてはならぬ。

 目にしたものには触れてはならぬ。

 とね。)


 縁起が悪いという事であっているか?


(墓荒らしを戒める為の教訓でもある。


 まぁ今までならば、彼等も信じない話だった。

 けれど、死人が動き回り、先ほどなど見えない化け物に噛みつかれていたんだからね。

 流石に、彼等も厭な気持ちなんだろうさ)


 迷信として退ける事ができなくなったのか。

 弊害が、早速形として出てしまった。


(君の所為ではないさ。

 ほら、見ていてごらん)


 臓腑の壺は、勝手にカタカタと身を揺らした。


 ***


 ザムがギョッとして扉を閉ざそうとする。

 だが、扉は動かない。

 イグナシオが駆け寄り、扉に手をかけた。


 小さな笑い声と囁き。

(冗談だね、可愛いね)


 聞こえた笑い声に、私は力を抜く。

 それは無邪気なもので、我等が理のモノであった。


「焼くか、割るか?」


 唸るカーンに、私はため息をついた。


(大丈夫、穢れではありません。

 見えるようになったのが、少しまずかったようですね。)


「お前ら、離れてろ」


 クスクス笑う声は、完全に小馬鹿にしていた。


(驚いたから、からかったのでしょう。

 私の所為ですね、彼等を止めてください)


「焼く必要はない」


 カーンが言うが、イグナシオの手には既に油薬が握られている。


(何でも燃やそうとしないでください。

 旦那、おろして)


 私の声が聞こえた訳では無いだろうが、見やるとイグナシオは投げるのを止めた。


「大丈夫なのか?」

(さぁ、でも先程の異形とは別の方々ですね)


「方々ねぇ」


 私は壺の前に行くと、問いかけた。


(貴方様はどこのどなたか?)


 問いかけに答えは無く、クスクスと小さな笑いがこぼれる。

 よく見ると、壺には小さな影が蠢いていた。


(そこな影よ、この方は何方か?)


 小さな人の形の影は、壺から少し動くと、積もった白い埃に触れた。

 埃は形を変え、古い言葉を綴る。


 うぬは何処の娘御か?


(私は、ヨルグアの娘。このお方は何故ここにおられる?)


 知らぬ


(お戻りになる場所はおわかりか?)


 否


 臓腑の壺を前に、私はうっすらと、道筋が見えた。

 何が起こり、何が始まり、何が終わったのか。

 グリモアとなり、初めて見え始めた事がある。


(このお方をお連れしてもよろしいか?)


 影はクスクスと笑い、消えた。

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