第868話 モルソバーンにて 其の五 ④

 建物の奥へと進む。

 雨音も遠くなり、こもった闇も厚くなる。

 追うアーべラインの糸は、一番奥の扉へと消えていた。

 扉は青銅のような色合いで、金庫室という札が下がっている。

 無愛想な文字をながめ、金目の場所だとわざわざ示すのはどうしてだろうと思う。

 意図はわからないが、入りにくい場所という事か。

 扉には錠前がついており、それが扉の上下に下がっている。

 頑丈なのだろう。

 その頑丈さをイグナシオが試す前に、ザムが錠前に手を伸ばした。

 奇妙な形の棒が下がった輪を取り出すと、穴に棒を差し込んで簡単に外す。

 乱暴で力加減ができないと言っていたが、鍵開けが得意なのだろうか。

 兵士になると学ぶのだろうか?

 等と考えがそれる。

 その間にも、扉は音をたてずに開いた。

 放棄されて久しいはずが、蝶番に油をさす者がいるようだった。


 室内は、簡素な机に帳面の詰まった棚、奥に大きな金属の金庫が置かれている。

 金庫室というか、事務部屋だ。

 いずれも古びており、埃臭い。

 窓が無いのもあるのだろう。

 小さな部屋で、目を引く物は何も無い。

 机の上にある、溶けて残り少ない蝋燭に、ザムが火をつけた。

 糸は部屋の奥、方角からすれば北西の壁に向かって消えている。

 イグナシオは壁を探り、拳で軽く叩く。

 カーンは扉近くの棚に詰まった帳面の背を確かめた。

 古い取引帳簿らしい。


「さて、何が入っているのかな?」


 ザムは、錆びた金庫の錠前を弄っている。


「壁は相当の厚みだ。空洞はなさそうだ」


「糸が続いている。何か先に進める場所か仕掛けがあるはずだ」


「他の部屋を見て回るか」


 カーンとザムの会話の間に、ザムが金庫の鍵を解いた。

 そして私達を手招くと、金庫の扉に手をかける。


「開けますよ、まぁ空でしょうけど」


 両開きの金属の扉を手前に開く。

 中は書類を入れる小引き出しと、棚が二段になっている。

 小引き出しには物は無く、棚には4つの壺が置かれていた。

 男達は、その壺を見て急に顔色を変えた。


『どうしたのです?』


 私の問いかけに、カーンは唇に人差し指を当てた。

 部屋から出ていこうとしていたイグナシオも動くのを止める。

 私は改めて、壺を見た。


 4つの壺は、ちょうど塩を入れる大きさだ。

 素焼きの壺で、表面には素朴な模様が描かれている。

 横並びの壺には、左から、人、猿、鳥、犬が墨色で描かれていた。

 と、グリモアが微かに笑う。

 さすがの私も、ここまで見れば気がついた。

 現在の北の風習には無いもので、初見では思い浮かばなかったのだ。


 これは臓腑の壺だ。


 特に古い地域の人族の風習で、人が死ぬと内臓を4つの部位に分けて埋葬する。

 死者が黄泉の国に戻り、復活する際に必要な物としてだ。

 これはコルテスの館にて、内臓を抜かれ始末された出来事に通じる。

 臓腑とは、とかく呪術の儀式の元になるのだ。


(魔導の術にもね)

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