第161話 トゥーラアモン

(注・前話の中原の魔物の後のお話は、数話進んでから続きます。)


 ***


 近所のオジサンのような口調に、エリが首をかしげた。

 どういうことだろうか。

 二人して見上げると、カーンはお茶を頼んで隣に座った。


「あの村はシュランゲというらしい」


 エリを見ると首を振る。

 まぁ子供なら村の名前なんぞ知らなくてもおかしくはない。


「でだ、シュランゲから、中原の貴族に輿入れした女がいるそうだ」

「どういう事でしょうか?」

「その女は、同郷の村人を数人、自分のところで雇っているらしい」


 なるほど、知り合いがいてもおかしくない。


「では、その御方は何処にお住まいなのです?」

「トゥーラアモンだ」


 幸いなことに、その街は宿場から北東にすぐの場所だ。

 ただ、その地名を聞いて、私はエリに話の続きをするのをやめることにした。

 なぜなら、名馬の王、通称、青馬の呪いを受けたのが、そのトゥーラアモンの過去の領主と伝えられているからだ。


 ***


 私とエリはトゥーラアモンに向かうこととなった。

 正確には、サーレルとエリが向かうので、私もついていく事にした。

 カーン一行は、このまま王都へ。

 荷物を手にして、ふと、思う。

 もう二度と、あの男と会うことは無いだろう。

 身に受けたあの男の呪いは私に留まり、カーン自身は忘れる。

 そして生きる。

 何故か寂しいと思いながら、安堵する。

 おかしな男だった。

 そしてこれが別れであると思うと、ほっとした。

 自分だけなら、どうなろうともいいのだ。


(なぜ、そんなに命を粗末にするの?

 君は、自分が幸せになりたいと思わないの?

 変な娘だよ。

 君はまだ子供なんだよ。

 もっともっとわがままで、お馬鹿さんで良いんだよ)


「私は、幸せだよ」


 答えてしまった事、気がついてしまった事に、顔をしかめる。


「私はカーンが死ななきゃいいんだ。だって」


 だって、そうか。

 私の代わりに、誰かが守られ生きていく。

 爺達でも村の皆でもいい。

 そしてその中には、カーンも入っている。

 誰かが生きて、楽しく幸せになって欲しい。

 その幸せや楽しさの一部になれるような気がするから。

 誰かの為になるのなら、眺めるだけでも幸せで。

 だから、私は大丈夫。

 でも、カーンは怒った。

 私がいないから。

 最初から、諦めているから。


「でも、私は幸せなんだよ」


 それでも呟く自分が、なんだか滑稽こっけいに思えた。


(独りよがりのお馬鹿さんだね。

 でも、僕はそんな君を応援しちゃうぞ。

 どんどん、僕とお話しようね。

 ずっと黙っていたから飽きちゃった。

 ほら、僕、お友達が多いでしょ、実はね、シュランゲ村の事だけど)


「黙れ」


 身支度をしていたエリが飛び上がった。


「ごめん、ちょっと自分に言っただけ。独り言だから気にしないで」


 それにエリがじっと私の背後を見る。

 ちょうど右肩の後ろあたりだ。

 何となくわかるので、ひきつった笑顔でエリの髪の毛の手入れを手伝う。


(この子、見えてるね)


 手早く髪をまとめる。

 寒くないように着替えも手伝う。


(まぁ無視するのはいいけど、本当に助言がほしい時は、いつでもどうぞ。

 君は僕。

 僕は君。

 きちんと練習しないと、後悔するよ。

 ほんとうに困った時に、間違いをおかしてしまう。

 君は僕。

 僕は君。

 地面に小枝で線を引くように

 飛び跳ねて石けりをするように

 もっと上手に遊べるようにね)




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