第766話 それが愛となる日 (結)

 片手で締め上げなら、グイグイと下に押さえつける。

 バットは呻きながら締め上げる手を叩いた。

 それでも手は離れず、何かを話し合っている。


『まぁ説教だよ』


 と、一際締め上げた後に、重い拳が脳天に落とされた。

 バットが頭を抱えてしゃがみ込む。


 痛い、アレは痛い。

 どうしよう。


『君は関係ないだろ』


 いや、いくら私でも、原因が自分だってわかるよ。


『そうかなぁ、君はきっかけに過ぎないと思うけど。』


 困惑し見ていると、オービスは何事も無かったかのように戻り、窓辺の荷物を手に取った。


「ん?

 おぉすまなんだ、すまなんだ、の。

 お前さんを、虐めた、アホを、〆た。」


 いや、そういうのは、ちょっと。


「大丈夫、だ。

 あれは、儂の、甥だ。

 調子にのってる、アホじゃし。

 実家には、連絡し、てある。

 母親は、いない、が、儂の、姉、あれの伯母が二人おる。

 勝手に、お前さんと、接触、させちゃぁならんから、の」


 伯母、二人?どういう意味だろう。


『当事者同士で、手打ちにさせない為だよ。

 うやむやにしたくて、子どもの君を言いくるめてしまおうって。

 あれだけ疑っておいて、君が本当に神殿の巫女だと思ったんだろう。

 慈悲に縋ろうとしているのさ。無様だね。』


 私は別にかまわない。


「俺の姉、本国の方の、頭領だ。

 あれの、ことを試して、いる。

 儂が、〆ないと、これ以上、しくじったら、姉は、あれを処せねばならん。

 妹の、子だが、己が子の、扱いだからの」


 親として?

 どういう事だ。

『子の不始末は、親が回収するんだよ。

 例え、別の派閥に養子縁組したとはいえ、亡くなった妹の子供だ。

 責任を問われるのは、彼の母方の氏族の頭領となる。まぁ南部の仕来りは古臭いからね。

 ここで伯父の彼が諌めて、反省の態度があれば、苛烈な処断を頭領の姉に背負わせないで済む。

 つまり、この男がかわりに処断する方向で調整できるって話だ。

 ここで彼が手を出して諌めたから、最後まで彼が責任をとろうって形にね。

 まぁ相手には、その愛情が伝わっているか疑問だけれど。』


「儂の姉、二人は、あれがどうなるか、今、試している。

 上の姉は気長だが、下の姉は、駄目、だ。

 下の姉は南部の王家付き軍人、だ。

 これ以上、しくじった、ら、処する為に、来ちまう、だろう」


 来るんだ。

 処する?

『あはは、処刑しに来るんだろうね』


「今、お前さんに、詫びなんぞ、小賢しい、行いを、したら。

 アレの頭が、斧で、かち割られ、ちまうからの」


 冗談、だよね。

『言ったろ。彼ら重量の母親共は、躾が厳しいんだ。

 そして道を誤った我が子には鉄拳制裁が普通だ。

 きっと亡き妹の子だと甘やかしすぎたと、今度はとんでもない制裁をしかねない。

 例えば、神殿の巫女を粗略に扱った。それも子どもの巫女をだ。

 激怒しているかもね。

 女系が本来の種族社会だったのを、男が権利侵害したとか言ってる過激派の女性だったら、斧で頭をかち割りに来るんじゃないかなぁ』


 意味が浸透し、私が口を開いて震え上がっていると、困ったようにオービスは付け加えた。


「大丈夫、女、子供、には、優しい、ぞ」


 獣人家庭の、それが標準なのか、私にはわからない。

 だが、そんな母親がいるからこそ、案外、こそこそと色々画策するような子供になるんじゃないだろうか。

 と、余計な事が浮かんだ。

 お陰で、涙目でしゃがむ男の横を通り過ぎても、何も思う事はなかった。

 彼との間のわだかまりめいた気持ちは、オービスのおかげで消えていた。

 たぶん、彼は甥も大切に思っているし、私に対しても本心からすまないと感じているのだ。

 私にしてみれば、あの呪具によって目を回したのは己の失態だと思っているから、逆にオービスに気を使わせてしまったなぁと感じた。

 そして甥に対しての制裁も、裏を返せば深い家族への愛が元だ。

 斧で頭をかち割られるのは恐ろしいが、叱ってくれる家族がいる事が羨ましくも感じた。


『恵まれている者はわからないのさ』


 そうだね。


 獣人の社会構造は奥深く、わかりづらいもののようだ。


『まぁ斧で頭をかち割るとか、野蛮すぎて呆れるよぅ』


 それでもだ。

 私が理屈で考える愛よりも、彼らの示す愛は深いものなのだと思う。


『ふぅ、まぁ善意に受け取ればね。愛となるかもね知れないね』

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