第765話 それが愛となる日 ⑬
その後、荷物を持ち部屋に戻る事となった。
テトがいるのでビミンと一緒に宿泊施設で寝起きしてた。
けれど公爵領へと向かう事が正式に決まり、私はあのカーンの部屋へと移る事になった。
後数日時間的な余裕があるそうだ。
その間にビミンと話せるといいのだが。
その彼女も落ち着いたら教会へ戻る。
そう、彼女の事、祖父のニルダヌスの事、行方不明の母親、レンティーヌの事。
ビミンはどんな風に考えているのだろう。
どこまで、理解しているのだろう。
どうみても、彼女は過去を知らない風だ。
私に何ができるだろうか?
彼女の苦痛や悲しみの聞き手となるだけでいいのだろうか?
と、考えてから顔を顰めた。
あぁ嫌だな、私は嫌な人間だ。
実に傲慢で汚い。
真摯な聞き手としても十分ではないのに、聞き手となるだけ、だと?
何様であろうか。
彼女は私より強い。
きっと向かい風に立ち向かってきたのだ。
だからこそ、私に対しても優しさを向けたのだ。
臆病なのは私自身だ。
傷付けたくないと思っているが、やはり私は傲慢である。
己が嫌な部分というのは鼻につく。
何ができるのか?
川に流される木の葉が一枚、沈む誰かを助けられるのか?
疲れて考えたくないのに、どんどん暗い思いがわいてくる。
無駄な考えばかりだ。
だが、考えないでやり過ごすのは無謀すぎてできないともわかっていた。
できることをする。
それだけだ。
「どう、した?
足が痛い、かの。
抱えた、ほうが、良いか?」
大丈夫と野太い指を握り返す。
今度は通路を上に上にと進んでいた。
結構な距離を歩いた後、武器庫の主にもらった飴を見てしかめっ面をしていた為に勘違いされたようだ。
飴を懐にしまう。
大きな包だったが二三個一緒に紙袋に入っているようだ。
後でビミンにもあげよう。
「荷物を、置いたら、食事に、するか。
食べられそう、か?」
頷いて返す。
胃の具合も落ち着いていた。
「粥か、果実の絞り汁か。
肉は駄目じゃろう、しの。
何か、食べたい物、があれ、ば頼むから、期待してな」
そんなオービスの小さな声を拾っていたら、急に彼は立ち止まった。
カーンの部屋に続く通路に、人影があった。
バットルーガンだった。
人好きのする髭の男。
だと思っていた。
それだけではないのだろう、カーンに言わせるとだが。
何を考えているのだろうか。
堅い表情でこちらを向いて立っていた。
「大丈夫じゃ、お前さんは、ここにいろ」
オービスは通路の端、ちょうど明かり採りの窓の縁に荷物を置いた。
それからゆっくりとバットの方へと歩いていく。
ゆっくりと首を肩を回す。
それに対するバットは、表情を変えずに立ち尽くしていた。
不穏。
私は不安から、壁に手をついた。
上階なので人通りは無い。
バットが立っている場所は、採光部分に重なり彼を周囲から浮き上がらせていた。
そんな彼に近づくと、オービスは大きな声で何かを言った。
大きな声で、共通語ではない言語で滑らかに恫喝した。
意味は聞き取れない。
グリモアによる言語認識幅が広がった筈なのに、まったく何を言っているのか理解できない。
『一応、翻訳はできるけど、あまり教育に宜しく無い地方言語の古い物なので能力を切り離しているよ。
女性や子供には聞かせたくない類の言葉だね。
君が日頃聞き取れている暴言や乱暴な南部俗語よりも、俗語としては酷いし元の意味とはかけ離れた地方言語だ。とっても興味深いけど、制限をかけたよ。まぁ意味は怒ってるってだけ』
グリモアが言う通り、オービスの言葉は欠片もわからない。
それに対し、バットが何か言い返している。
こちらも意味が聞き取れない。
『同系統種で同じ部族氏族だ。血縁同士だから南部の特殊な言葉で会話が可能なのさぁ』
そうして散々恫喝した後、それでも何か反抗の意を示す相手に、彼は相手の頭を握った。
片手で相手の頭を握る。
..頭って握れるんだ。
『そりゃぁ巨人種系じゃないかってくらい大きな超重量の男だからね。あぁ痛そう。因みに子供を叱る時に南部のご婦人方もよくやっているよ。握力すごいからねぇ』
冗談だよな?
『今度、その辺の南部男に聞いてみるといいよぅ。重量の大きな男の母親は大概、同じ重量だからねぇ。父親よりも折檻は厳しいはずだよぅ』
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