第767話 手紙
城塞の生活で、一番の驚きは風呂だ。
文化の違いは日常の中にある。
今更であるが、風呂と言えば馴染み思い浮かぶのは蒸し風呂の事だ。
北では村に共同の物を川辺に作る。
村中で入る日を決めて、蒸しては川に飛び込むを繰り返すのだ。
まぁ祭りに次いで楽しい行事である。
大体は蒸し風呂の後は、持ち寄った料理を皆で食べる。
月に二三度、真冬以外の天気の良い日に行う。
後は各家々で行水をしたり、拭いたりして清潔を保つ。
北は通年涼しく湿気も低いので、風呂といえば宴会であり、地方の楽しい風習だった。
共同の蒸し風呂は、庶民の習慣である。
貴族の風呂は湯に入るものだが、北の辺境伯家では、庶民と混じる事は無いが、やはり氏族内で蒸し風呂を毎年春先に作り一年利用する。
では、中央の都市部はどうか?
庶民は湯を贅沢に使う事を嫌う。
燃料を消費するからだ。
そこで殆どが、体を拭くか水で行水だ。
神殿でさえ、水で行水だった。
私は体が弱っていたので、お湯をもらえたが本来は水だ。
王都の人口を考えれば、水も湯のための燃料も貴重だ。
ただ真冬に水の行水は、北の人間でも無理だ。
皆、勘違いしているが、北の暮らしは如何に体温を下げないか工夫をする生活だ。
体温が低下すれば死ぬし、四肢が壊死する。
蒸し風呂は体を丈夫にし病気を寄せ付けない為であり、水を浴びるとはいえ、それも体が凍える前に温かな場所に逃げ込む。
寧ろ王都の冬の室内の方が薄ら寒く、北国の村の地下で繋がった家々は、非常に暖かく薄着で過ごせた。
そう考えると暮らしやすさも北が勝っているかもしれない。
都は乾燥地にある。
空気は常に乾燥し、降雨は一年を通じて殆ど望めない。
水は北の水源地から引かれており、空気は特に冬に乾燥し、体臭が生じる程湿度が無いのだ。
本来は渇水に苦しむ土地柄である。
風呂に利用できる水を用意するのも難儀だった。
まぁそれも昔。
今では首都の人口を支える水は、北東部の山間から巨大な地下水路を通し潤沢に供給されているそうだ。
これを考えるに、個人宅に風呂を置かないのは、昔、渇水に苦しんだ名残ではないだろうか。
風呂屋というものが都にはあり、個人宅にある溜め汲み式の風呂は、裕福な者の家だけにあるらしい。温水の風呂とも慣れば、貴族の家にしかないそうだ。
そしてこの東マレイラ、ミルドレッド城塞の風呂だ。
城塞地下、正確には城砦地下部分に、水の濾過施設と巨大な動力炉という物があるそうだ。
動力炉は城塞の物理的活動のすべてを支えており、燃料はマレイラ産の鉱石だ。
色々と説明は受けたが、正直よくわからない。
湯釜みたいなものだろうか?
まぁ違うだろうけれど、その動力炉を使うと大量の予熱が発生する。
熱が発生してから炉を冷やすと、動力炉そのものが壊れてしまうので、常に大量の水で冷却し続ける事になる。
当然、その大量の水はアッという間に熱湯になる。
そこで風呂だ。
本来は放流してしまうのだが、大量の湯をただ捨てるにはおしい。
動力炉を冷却していると言っても直接、動力炉に水を浴びせているわけではない。
炉の周りに巡らせた筒に地下水を通し続けているだけだ。
そこで一部でも利用しようと風呂を設置した訳だ。
動力炉と潤沢な水源さえ確保できれば、どの城砦にも風呂を作るという。
巨大な浴槽の風呂である。
蒸し風呂でも行水用の水場でもない。
池のような風呂だ。
そして男女の区別が無い。
アッという間に皆、真っ裸で入る。
男女差を認めているが、裸に対する羞恥があまりないようだ。
けど、これには参った。
もちろん、彼らも他人種の性別が違う相手と混浴はしない、はず。
『一応教育上教えておくけど、獣人の生殖活動は千差万別でね。
生殖活動を決まった時期以外はしない種族もいるんだ。
混浴をしている者は、そうした生殖活動時期以外は、ほぼ無性として過ごす人達って事。だから、巨大浴槽で混浴とか君がする事は無い。
安心してよ。道化とその仲間と君の生活様式は違っていないからね。
大風呂以外にも男女にわかれた風呂場がある。
感慨深いよねぇ。
君のような人族系統亜人種などは、性別に役割や規則を多く設けている。
けれど、出産や子育ての役割の比重が男女で逆転している獣人になると、まったく別に』
えっ?
『..あぁ獣人の女性は妊娠と出産に人族ほど体力をとられないし、妊娠期間も色々だ。
子育ても集団で行うし、その子育ての比重は男が担い手なんだよ。
生態がそもそも違うんだよねぇ。こんど人類学的な授業をするかい?』
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