第327話 群れとなる (上)
起きあがる事が難しく、又、体ごと横を向くのは肋の具合で無理だった。
私は再びカーンに支えられ座った。
豪華な天幕に、神官を囲むように座る。
寝床はどうやら、彼の物のようだ。
その事を謝ると、やっと動揺をおさめたのか、気にするなとの返事をもらう。
どうやら、直前の会話を聞かれたのが嫌だったようだ。
確かに、神官にしては砕けた物言いだ。
けれど、私の偽りを少し軽くする優しいものだった。
自分が何者であるかもわかった。
私がカーンへ何かを語る時、本当のことは言えない。
だから神官が言う、忘却は守護で束縛は祝福、呪いとは愛の深さ。
神から与えられることは、良くも悪くも人に与えられた試練である。
と、いう考え方は、とてもありがたく思えた。
神官は、彼は、優しい人だ。
「いや、なんていうか。
女の子に下品な物言いを聞かれただけでも居た堪れないが、そんな風に見つめられると、疚しい感じがね」
彼は困ったように頬をかいた。
意味がわからず、椅子となっている男を振り仰ぐ。
「気にしなくていい。
格好つけが格好がつかなくて、困ってるだけだ。
それよりも早く話を進めろ、これを休ませないと熱がひかん」
彼を嫌だと思う気持ちは、小さくなっていた。
沈黙するグリモアはどう思っているのだろうか。
それともこれも、彼らの考えなのか?
どちらにしろ、私は罪を告白するべきだ。
嘘をつかずに、忘却のままに。
言わなければ、嘘にならない?
ずるいが、私の事だけを言えばいいのだ。
「神官様、話を聞いていただけますか?」
頭上の会話を割って、言葉を挟む。
失礼だがこれ以上、エリを待たせてはならない。
「話ね、何を話してくれるのかな?」
嘘を重ねないように言葉を組み立てる。
「エリを探して欲しいのです」
「大丈夫だ、兵士が探している」
「いいえ、旦那。それでは駄目なんです」
カーンの言葉を遮る。
言えなくなる前に、怖じける前に言うんだ。
「神官様、エリは生贄でした。
生け贄にするために、利用しようと誘拐されました。
拐ったのは、アレンカ・レイバンテール。
彼女は、生まれ変わりの儀式の為に、多くを殺し失いました。」
生贄という言葉で、天幕に詰める者達がざわめいた。
私は視野が狭くなっていた。
神官と神殿騎士、カーンと側にいるイグナシオだけが目に入っていた。
だが、いつものカーンの部下達も後ろに控えていたのだ。
「生贄ねぇ、で?」
「ですがお慈悲を、この地の神にいただきました。
神はエリを隠しました。
憐れなる者を寄せ付けないように、と」
「神、ね」
「神官様なら見つけられるでしょう。
神の跡を辿り、エリを迎えにいっていただきたいのです。
迎えが遅くなると、人の世に戻れません。
どうか、どうか探していただけないでしょうか?」
ここまで言うと力が抜けた。
不意に吐き気がこみ上げ、目を閉じた。
「それが本当だと、どうして私が信じると思う?」
「私は、もう、人ではありません」
再び、目をひらく。
神官は、笑顔で見つめてくる。
荒野のただ中で、風に吹かれているような乾いた視線だ。
私は息を吸い、邪魔が入らぬうちに続けた。
「私は、もういないのです。
ボルネフェルト公爵のグリモアは、私にあります。
だから、死者に親しく魔の声も聞こえます。」
そして懺悔する。
馴染みになりつつある顔を見上げて。
「私の首をお持ちになればよいのです。
公爵のかわりに、私を。」
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