第23話 人と獣と ③

「これは何だ?」


 喉を鳴らしている。

 どうやら、蛇より肉食獣よりの獣人けものびとらしい。

 私は、嫌々ソレを見た。

 見て、持っていた面を捨てた。

 吐き気を堪えるのに、無意識に傍らの男にしがみつく。

 男はゲラゲラ笑って、私の頭を軽く叩いた。

 普段なら、間違っても狂った男に頼ろうとは思わない。

 悪夢が足元に転がっていれば、誰しもより強そうな者を頼りたくなるものだ。

 愚かだとは思う。

 横たわる死体。

 確かに死体である。

 それもとうの昔に死んだ屍に見えた。

 兜は肉に喰い込んでいた。

 肉に埋まり、外皮のように密着している。

 見開いた目は、黄色く濁り腐敗していた。

 が、額から目元は崩れず美しい形だ。

 美しい、女だ。

 青黒い肌の女。

 そして私の見間違いでなければ、その額と目元と繋がる下半分は人ではない。

 肉の穴に鋸のような刃が並ぶ。

 奥から垂れる舌は、長く鋭かった。

 人族、獣人族、亜人、いずれかの欠片をあわせたようだった。

 多彩な人種を誇る中央王国とはいえ、このような異相があるとは思えない。

 それに繋ぎ合わせた痕もある。

 悍ましい。

 その縫い合わせ目の引き攣れが、痛みと悍ましさを訴えていた。


 だが元より、ここはそういう場所だった。


 不意に、この余所者にまだ、肝心の忌み地の話をしていないことに気がつく。

 だが、こんな状況になってから話すのは、馬鹿な事に思えた。

 ましてや土地に纏わる言い伝え。

 過度に恐れ狼狽え、愚かに伝える話と受け取られるだろう。

 けれど、どうしたものか。

 意地を張っているとは思う。

 だが、怖い。と、しがみついているので今更か。

 そうして私が、迷うのを他所に、カーンは両刃の大剣を片手で振り上げた。

 頭上に上がる剣先を目で追う。

 綺麗な青い光りが奔り、重い振動と共に、深々と突き刺さった。

 すると、死んだとばかり思っていた化け物は、目を見開き絶叫した。

 目を見開き、両手を差し出す。

 そして暗闇に藻掻き、苦しみ、叫び続けた。

 暗い世界に、それは木霊し、私も知らずに悲鳴をあげる。


「うるせぇなぁ」


 ぼやく男の声だけが、変わらず奇妙に穏やかだった。

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