第22話 人と獣と ②

 少なくとも、この男は怖がってはいないし、奇妙な状況を楽しんでいる。

 その事が、私を落ち着かせた。

 兜は額と頬の所に留め金がある。

 面頬は、骨のように白く硬い何かでできている。

 つなぎ目も、小骨のような物が噛み合っていた。

 被り物だと思って探ると、奇妙な事に頭部の兜も、顔全体を覆う面頬部分も、中身に吸い付くように癒着していた。

 どこから脱がせばよいのか、取り掛かりがわからない。

 及び腰なのもあるが、普通の兜や面、頬当てのように、隙間が見当たらないのだ。

 私が戸惑っていると、力尽くでかまわないと小刀を寄越した。

 小さな刃を頬の掛けがねの所に差し込むと、顎の肉を抉る手応えがした。

 ぎくりと身構えたが、骸骨兵は動かない。

 やはり、死んでいるのだろうか。

 そのまま刃を梃子にして、面頬を浮かそうと力を込めた。

 ぞぶり、と肉を更に抉る感触。

 メリメリと厭な音。

 獲物の解体と同じ感触だ。

 骨と肉が剥離する手触り、腱が断ち切れる音。

 まるで、この髑髏面がこの兵の素顔であるかのようだ。

 微かに、ほんの微かに、面が浮き上がると臭いがした。


 死臭だ。


 カーンが頷いたので、私は顎下から反対側の頬に向けて、一気に刃を刳り貫くように滑らせた。

 乾いた音と共に、面頬が割れるように浮く。

 縁に手をかけて引き剥がす。

 不愉快な音と共に、私の手の中に骨の仮面があった。

 力任せに引いたので、後ろによろける。

 よろけても、自分が何をしたかは見てとれた。

 手の中の不気味な面は、金属ではない。

 殻、骨、裏返すと縁は刃のように歪に尖る。

 尖った先には、赤黒い色、肉だ。

 反動で二三歩下がり、目をそむけた。

 仮面からカーンの背中に目を移し、下は見なかった。

 カーンが立ち上がる。

 中身を確認したのだろう。

 振り返った男の目を、この時、初めて見た。

 白だ。

 青白い白目に、虹彩は黄色の混じった白。

 影になると境がわからなくなり、瞳孔は縦に割れていた。

 蛇の兵隊と言ったが、男の眼は獣のそれだ。

 頭巾の下から白く見えたのは、この両目の光だったのだ。


 獣人。


 考えてみれば、これほどの大きな男が、脆弱な人族や亜人などの訳がない。

 私の凝視に、カーンは歯を見せた。

 笑っているように見えたのは、犬歯が唇を引きつらせていただけ、なのかも。


「こんな化け物が、辺境にはウジャウジャいるのか、ん?」


 否、普通に、この男はニヤニヤ笑っていた

 笑い上戸か、頭がおかしいか。

 おかしいのだろうな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る