第74話 異形譚 ③

 三体の異形を威嚇する竜。

 その竜に花嫁の歌が届く。

 歌は赤い円環となり、複雑な紋様を巡らせた。

 死霊術師にまとわりつくそれも同じだ。


「呪術陣、呪陣などと呼ぶ、魅了する言葉を理に乗せる方式だ。

 簡単に言えば、あれがグリモアの力を引き出す言葉だ」

唄歌うたうたいとも呼ぶのであ〜る、どうかな?」


 何故か仮面の男は、私に問いかけるような仕草をした。


「よく聞こえるので、あるか、あるか?」

「答えずともよい、娘よ。黄泉の者の言葉なぞ聞かずともよい」


 答えるも何も、私は息もできない。

 あの円環が幾重にも重なり合うように動く度に、体が重く押し潰されそうになっていく。

 潰されそうだ、と、言葉にもできない。

 体が沈んで息ができなくなっていた。


「失念していた、娘の息が止まるぞ、はよう領域を斬れ」

「おぅおぅ、すまぬすまぬのぅ、事を忘れていたのであ〜る。

 兄弟も、浮かれておったようだぞ、愉快愉快」


 ナリスの言葉に、仮面の異形は笑った。

 笑い、斧が唸った。


「では、では、久方ぶりの邂逅を言祝ぎ、供物なる女に」


 ぶんっと横切る風が過ぎると、私は息をついた。


「いかがで、あるか、あるか?」


 肺に息を取り戻しつつ、私は頷いた。

 異形どもに逆らう気力は、もはや無い。


「大物を引き出すつもりで、この宮の中で小領域を作り出している。無から有を作り出すことはできぬ。

 故に、ああして再構築しているのだ。

 お前の息が止まりそうだったのも、在るべき事々が吸われたからだ」


 饒舌なナリスの解説に、私は一端口を開こうとして閉じる。

 解説をされた所で、何一つ、わからないしわかりたくもない。

 だが、意識を読みとる(これが神殿からの物であっても)異常な品に逆らうのもと、今更だがためらう。

 まして、この異形と知己であるかの会話だ。

 そもそも神器というが、それも怪しい。

 呪いの品じゃないのか?


 そのように猜疑と恐れに縮こまる私を他所に、異形とナリスは、死霊術師の見物に勤しんでいる。


 三体の竜の巨体は、呪陣の円環に吸い込まれ消えた。


「偽物にしては、完成度が高いのであ〜る。

 ある程度の裁量が残され、彼者かのものの軸も反抗し錬成を繰り返したようであるな、あるな」

「さてな、アレも中々にしぶとい」

「それはお主もであろう、あろう。

 うむ、久方ぶりの顕現は、如何したのであるか、あるか?」

「それはお互い様だ、それよりも、ここまでことわりの境が失せるとは」

「齋の時が近づいたのであろう、あろう。

 我らが娯楽が増えるとは、ほんにめでたき事であ〜る」


 彼ら異形の会話を聞きながら、私は闇に腰をおろしていた。

 そして、ひっそりと笑う。

 もう私は、本当に戻れないのだ。

 これほどの異端、異形、大きな力を見た後に、私が帰る場所などあろうか?

 もう、冬枯れた森を眺める暮らしには戻れない。

 森の端の家で、一人で雪を眺める事はないだろう。

 私は闇に座り、ただ、笑うしかなかった。

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