第75話 目覚めの齋

 死霊術師の呪陣は、竜を飲み込むと激しく軋んだ。

 それに三体の異形は、それぞれ陣に攻撃を加える。

 鉈を振り下ろし、鎖の鎌首が突きたち、泡立つ赤黒い液が降りかかる。

 しかし陣は震える事もなく、巡り明滅を繰り返す。

 そこで異形たちは、本体の男へと目標を変えた。

 元々、異形には耳がない。

 花嫁の呪歌も、男の唱える唄も、効果は及んでいないように見えた。

 すると男の体に纏わりついていた呪術の帯から、次々と蔦が伸びる。

 蔦、それとも動物のはらわたか?

 それが異形へと伸びると絡みついた。


「そろそろ、お遊びも終わるのであ〜る」


 仮面の異形は、朗らかとも言える口調で続けた。


「穢れた定めを全うするとは、その業、あっぱれであ〜る。

 その愚かしさ醜さ、しっかと届き、至ったのであ〜る。

 さしもの我らも、その執念、あまりの愚かしさに笑いを禁じ得ぬのであ〜る。

 故に故に、そこな娘御にも、その慈悲を分け与えよ。

 と、主が思し召しよ。喜ぶのであ〜る」


 ぼんやりと見上げる私に、異形は芝居がかった口調と身振りで告げる。


「..つまりな、娘よ。

 お前だけは目こぼしをするといっておるのだよ」


 ナリスが少し言いよどみながらも解釈を伝えてくる。


「その方ならば縁を結び、我らを選ぶ事もできるのであ〜る」

(だが、決して選んではならぬぞ)


 ナリスが心に囁く。

 だが、その囁きをも拾ったのか、仮面の異形は肩を震わせ笑った。


「さて、このまま続けることも楽しかろうが、宮の主は飽いたと仰せである」


 仮面の男は、斧の柄を叩くと、高らかに声をあげた。


「裁定がでたのであ〜る。

 宮の主より、そこな男に、望む褒美を与えよう」


 声に闇が消える。

 そしてすべての動きが止まる。

 異形も死霊術師も化け物も、すべての動きが止まった。

 斧が空を斬る。

 闇が消え、何も無い白い空間になる。

 三体の異形の黒い姿。

 死霊術師がグリモアを開き、花嫁が歌う姿がそこにある。

 血の蔦と化け物の猛る姿も彫像のようだ。


 再度、斧が空を斬る。


 すると、目の前の全てが横に斬れた。

 ざくりと白い空間が割れる。

 囂々と赤黒い炎が割れ目から吹き上げ、たくさんの悲鳴と鳴き声が響き渡る。

 耳を弄する絶叫の中、そこから巨大な手が現れた。

 その青銅色の巨大な手は、男を鷲掴み、あっという間に裂け目に消えた。

 一瞬の事だ。

 ふっと蝋燭の炎が消えるように、男を追うように全てが消え去る。

 白い空間も、化け物も、すべて再びの闇に消えた。

 何もなくなった闇を見て、私は唖然とする。


彼者かのものは、望み通り、が宮のまろうどとなったのであ〜る。

 久方ぶりの大物よ、まこと喜ばしきことであ〜る。

 どうじゃ、お主も我らと宮で暮らそうぞ。

 斎いも近くあることだ、何も外へ行くこともない。

 ここで客を饗そうではないか、どうであるか、あるか?」

「くだらぬ事を言うでない。娘は帰るのだ」


 ナリスの反駁に、仮面の男は肩をすくめた。

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