第76話 選択

 静かだ。

 死霊術師が消えた後、目の前の化け物の死肉も消えた。

 残ったのは、小さな燭台が一つだ。

 男が机に置いていた灯りだ。

 それが照らすのは、花嫁が一人。

 囲むのは三体の異形だ。

 だが、彼らは争うでもなく、静かに立っている。


「その肉に残るは、誰であるか?」


 仮面の異形の問いかけに、花嫁は再び面紗をあげた。

 骸骨だ。

 最初に見た鬼火は眼窩に灯ってはいない。

 ただ、暗い穴がある。

 それでも花嫁が、小さく笑ったような気がした。

 小首を傾げて、何か?と、返すような仕草だ。


「なんと、思ったよりも低級の物であるな。

 よほどの忠義の者か、もしや縁者であるか、あるか?」


 それに死霊の花嫁は、片手を胸にあてると礼をとった。


「美しき御方に、詮索は無用であったな、失礼したのであ〜る」


 それに花嫁は頷くと、面紗を戻した。

 すると三体の異形は、丁寧に、そう武器を戻すと貴婦人を饗すように促した。

 花嫁を、あの水の穴に促していく。

 手を取られ、ゆっくりと丁寧に介添えされて歩く姿は、とても優雅だ。


「眠るが良いのである。苦痛が薄れるまで眠るのが良いのである。

 さすれば、我が主の目覚めとともに、蘇るのであ〜る」


 それに花嫁は膝を浅く折り会釈をすると、水に消える。

 水音はせず、さらりと骨が砕けて溶けた。


「さて、客はそれぞれに満足をしていただけたのであ〜る。そうそう娘よ、見るが良い」


 斧が再び闇を斬った。

 虚空が揺らぎ、ざわざわと様々な色が浮かび上がる。

 やがて、色は形となり、ある景色を浮かび上がらせた。


 鷹の爺たちだ。


「我らも昔、選んだのであ〜る。

 多くを生かす為。

 世を支える理の為。

 我らは選んだのであ〜る。

 しかししかし、それも昔、忘れられた話であ〜る。

 だが、しかししかし、選ばねばならぬのは変わらぬのであ〜る。

 昔も今も、多くを生かす為に。

 世を支える理の為に。」


 爺たちは、陽の光りに照らされていた。


「始原の理に手を出せば、人は人でいられぬ。

 我らにとっては、心躍る血の齋の到来である」


 どうやら、爺たちは外に出るところのようだ。

 頻りに振り返っているが、外は近いと見える。

 だが、領主がいない。

 仮面の異形は、ゆっくりと頭を振った。


「齋は始まっているのであ〜る。

 何人たりとも、祭りからは逃れられぬ。

 この世の理は、一度、崩れるであろう、あろう。

 静かなる夜は終わり、昼に陽射しは翳るのであ〜る。

 楽しき血の齋が始まり、多くの命が秤の上に置かれるのである。

 見るが良い、最初の齋に捧げられた血なのであ〜る。

 主は、その献身に答えるのであ〜る」


 爺たちの姿が揺らぎ、薄暗い通路に膝を付く姿が見えた。

 呆然とする私に、仮面の男が指し示す。

 小暗い通路に膝を付き、領主は頭を地につけていた。

 地につけ、謝罪するように、己が剣を自分に突き立て果てていた。

 赤い血が、線を引いたように通路に撒かれている。

 私は、片手を思わずあげた。

 届かぬ相手に差し出したまま、呆然と見つめる。

 落ちた時と立場が逆になった。


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