第77話 選択 ②

 幻は再び、爺たちの姿を見せる。

 陽射しの帯が、進む爺たちの前にあった。

 その光りが爺たちを照らすと、爺たちはサラサラと崩れた。

 痛みも恐怖の声もあげずに、一瞬で崩れる。

 嘘、やめてくれ。


「始原ののりを犯した者への報いは、我らが下さずとも理が働き、定めとして滅びが与えられるのである。

 故に、それはどのような形でもよいのであ〜る」


 再びの暗転。

 領主の血は、暗い通路に意志をもってまかれ、幾重にも線が引かれている。

 二重三重と通路を分けるように。


「以前ならば、を失う前ならば、この者の血にて境は保たれたろうに。

 誠、憐れ故、この者が血族と領民に咎無しと主に伝えよう。その死を無駄にはせぬゆえ、安堵するが良い」


 仮面の異形は静かに、膝をつく亡骸に告げた。


「だが、しかぁし、しかし。

 蛮行の末、更に此度の客が伝えし罪咎には、まったくもって血が足りぬのであ〜る。

 捧げられた贄の血では、到底、あがなえぬのであ〜る」


 一転して、異形は笑いだした。


「人は人を殺しすぎておる。

 だが、それは今更のことであるな、あるな。

 どうせ、愚か者がこの世を支えるのも、あと僅か。

 故に、慈悲をかけるのも吝かではないのであ〜る」


 闇から光りの景色へと再び戻る。

 光りの帯を抜け、通路を歩く爺たちの姿が見えた。

 砂と化したのは幻なのか、今見ている事が嘘なのか、わからなくなる。


「供物の女よ」


 爺たちは、生きている?


「客人は、贄と人の嘘と過ちを届け出た。

 それは人が約束を違えたという事でもある。

 本来ならば、我らはその罪咎を問わねばならぬ。

 だが、しかし、しかし。

 その罪は、誰の過ちであるのか?

 その過ちの元は、何であるのか?

 我らが知らぬと、思うておるらしい。

 それは我らの主を愚弄する事である」


 最後は囁きになり、仮面の異形は問いかけてくる。


「宮の主は寛大な御方である。

 故に、賽を投げるを許すのである。

 つまり、供物の女、森の娘に、選ぶ権利を与えるのであ〜る」


 仮面の二つの穴が、私を見つめる。


(選んではならぬ)


 選ぶとは何だ?

 何を言っているのか?

 私の疑問に、仮面の異形は言った。


「この場所に、生者を入れてはならぬ。

 この場所に、穢れを入れてはならぬ。

 この場所で、殺生をしてはならぬ。

 そしてな、一番してはならぬ事がある」


 小声で身を屈め囁く。

 そうして、仮面の異形は続けた。


「生きたまま、帰る事だ」


 何も返さぬ私に、異形は内緒話をするように、片手を口にあてると言った。


「我らが何かをする訳ではない。

 我らが何もせずとも、帰れない。

 主が何かをする訳ではない。

 主が何もせずとも、帰れない。」


 だからな、憐れと思うて主は慈悲を与えるのだ。



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