第78話 選択 ③

「ここは死者の園である。これはわかるか?」


 奇異な発音ではなく、囁き声は普通だ。

 私が頷き返すと、仮面の異形は続けた。


「生者は戻れぬ。人が必ず死ぬのと同じ重さの決まり事だ」


 意味が染み渡り、私は震えながら頷く。


「秩序は、人の世よりもここは厳しく働く。

 主も我らも、手を貸す事はできぬのだ。

 故に、お前自身が選ばねばならぬ」


 けれど、これで爺たちが帰れるのならいいと思った。

 もう、いいと思った。


「うむ、うむ、素直な返事であるな。

 それにお前の村の者は、言い伝えた通りに、客を出さぬようにと立ち回っておる。

 理に沿う行いは、罪を減じるであろう故、お前の返答次第では無事に戻る事もできようぞ。」

(選んではならぬぞ、己を大切に考えるのだ)


「一つ、我らと友誼を結び、そして還る道」

(選んではならぬ)


「二つ、贄を導き、そして還る道」

(これも選んではならぬ)


「三つ、沈黙に目を閉じ、そして還る道、である。如何か?」

(..答えてはならぬ)


 三番目を選べという事か?

 

 でも、変だ。

 何か、変だ?


 何かをわざと抜いているような気がする?

 そうして私が迷っていると、異形の口元が歪んだ。

 笑っている?

 私は、何を選ぼうとしているのだ?


(その意味は)

「口出し無用、主が裁定であ〜る」


 仮面の口が、更に歪む。

 グニャリと歪んで歯を剥き出しにしてくる。

 顔だった。


 そうして答えられない私を、異形が囲む。

 正面には仮面の、両脇と後ろに、それぞれ鉈に鎖に、そして翼の者が囲む。

 死ねと言われたほうが、殺すと脅される方がわかるのに。

 この異形の意図がわからない。

 選んで、死なせてしまったら、私は耐えられない。

 私が自滅するだけなら、もっと悩まないのに。

 それに、御館様が自刃してしまわれた。

 それもまだ、幻ではないかと疑っている。

 幻ならば、私の不用意な答えで、この異形達に害されたら怖い。

 そもそも、これら異形を信じて意味はあるのか?

 だが、それすらも端から、意味がない。

 彼らは、人ではないのだ。

 あぁどうすればいいのか、わからない。

 何もかもが、怖いのだ。

 私は、私が原因になることが怖い。

 非難されるのも、思い悩みこれから生き続ける事も嫌だ。

 弱くて卑怯な考えが頭の中を埋める。


「ならば、宮の門まで行くが良い。

 道すがら、考え選ぶが良いのである。

 誰もお前を止めはせぬ。

 心のままに選ぶが良い。

 我らは、いつも見ている。

 主も、いつも見ているぞ。

 お前が、選ぶ様をな」


 仮面の異形は笑った。

 ニヤッと仮面の口が嗤い、他の口が無い三体は体を震わせた。

 そしてフッと蝋燭の火が消えるように、彼らは闇になった。

 取り残されて、握る智者の鏡がやっと口を開いた。


(選ぶな、とは、もう言わぬ。

 道を選ぶなとはな。

 だが、誰かを選んではならぬ。

 自分を、自分の命を大切にするのだよ)

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