第73話 異形譚 ②

 死霊術師はグリモアを掲げる。


 子鬼の姿は既に無く、人よりも更に大きな化け物が溢れた。

 1つ目の怪物や硬い甲羅の生き物。

 見たこともないような、恐ろしげで大きな姿ばかりだ。

 だが、それに対する異形三体は、かまえた様子さえない。

 一人は鉈を振ると対する化け物の内臓を撒き散らしている。

 その隣では、複数の鎖が生き物のように相手を絞め殺し擂り潰す。

 羽の男などは、その滴る赤黒い液のそばに寄るだけで、化け物は骨も残さず溶けた。

 人智を越えた有様に、どちらが優勢か劣勢かなどわからない。

 腐肉の山が築かれると、死霊術師は攻め方を変えた。

 物語の巨大な竜のような生き物を呼び出すと、異形の前に押し出した。

 凶悪な姿だが、大きな体を盾にするだけのようで、知能の無い肉の壁のようだ。

 それを三体出現させた所で、彼のグリモアが歌いだした。

 囁きではなく、歌だ。

 歌詞は無く、旋律だけを口中で唱えている。

 それは男の体、長衣の合わせ目から漏れ、赤い煙のような文字が漂う。

 奇妙な模様は中空を漂い、踊りだす。

 古い文字、古代の文字のように見える。


「ほうほうほう、あの男、中々に穢れた血が濃いようであるな、あるな。

 偽物にしては、良くできておるぞ、おるぞ」


 男の長衣から伸びていた骨の手が、グリモアから離れた。

 そしてぐっと男の腹をかき分ける。

 生臭い風が強くなった。

 赤い色が見えるほど、臭い。


「黄泉路の乙女か、目を合わせるでないぞ」


 ナリスの警告に、私は視線を足元に落とした。


「黄泉路の乙女は、男に取り憑くが中々に質が悪いのであ〜る。あの男はそこを良くわかっているのであるな、あるな。」

「娘は子供ぞ、不要な話をするでない」

「ほっほっほっ、ほれ、健気な花嫁様じゃ見てやるがよいぞよいぞ」

「やめい」


 白い花嫁衣装の骸骨だ。

 鬼火のような青い光りが眼窩に灯っているのがちらりと見えた。

 私は慌てて自分の靴に目を戻す。


「大丈夫なのであ〜る。

 我らが側にいるかぎり、不浄はなんら力を持たぬ。

 ほれ、見るが良い、中々お目にかかる事はないであろう、あろう。

 無念のうちに惨死した女性にょしょうを集めて作り上げるのだ。

 纏うは、埋葬された年若き死者の衣装であ〜る。

 若死にした嫁ぐ前の娘じゃのう」

「娘よ、騙されるでないぞ。

 アレは呪いの、怨念の塊ぞ。

 多くの男がとり殺されて出来上がる亡者よ、決して憐れなモノではない」


 そっと横目で伺い見れば、それは骸骨ではなく美しい花嫁に見えた。

 青白い頬と赤い唇。

 整った面立ちの、人族の娘だ。

 そして面紗も含めて、纏う花嫁衣装は、高位の貴族が着るような絹である。

 その花嫁は顔を覆う面紗を上げると、ほろほろと高い声で歌いだした。


「呪歌だ。幸いにも、こちらには届かぬようだ」

「ほうほう、ほぉ。高位の魔を呼ぶようであるな、あるな。

 これは中々、見ものであ〜る」


 仮面の異形は、さも感心したように、斧の柄を叩いた。

 逃げる事は、叶いそうにもなかった。



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