第72話 異形譚

 遠くでゴロゴロと雷の音が聞こえる。

 雪が激しくなる前の、神の金槌の音だ。

 その雷鳴と共に、紫電が横に奔る。

 光りと振動。

 雷光は、男を囲むように奔った。

 そして四方、前後左右で紫の光りを立ち上らせた。

 それはあの移動を促す光りの幕のようだった。

 すっと上に立ち昇り、ゆらゆらと下がっていくと、四体の異形がそこに立つ。

 石の街で見た、番人だ。


 一体は、あの鉈を両手に持った男だ。


 鉈の男。

 鎖の男。

 翼の男。


 同じ顔をした男達。

 鉈の男は変わらず得物を下げていた。

 黒い衣服は聖職者の服のようだが、足元は硬い皮の編み上げの靴に見える。

 鎖の男は、同じような服装に、体を這い動く太い鎖が巻き付いていた。まるで蛇のように鎌首をあげて、尖った鎖の先端が男の背後から覗いている。

 そして翼の男だ。

 彼の背後には金属の翼が日輪のように浮いていた。

 ただ、聖人の絵画の後光とは違い、何か赤黒い液体が滴り落ちている。

 何れも異様な姿の大きな男で、見るからに奇妙奇っ怪であった。

 その三体が死霊術師を囲むように立つ。

 最後の一体は、残念ながら、私の正面にいる。

 仮面の男だ。


(人のけがれを示し、愚弄する道化よ)


 ナリスがため息をつくように言った。

 姿は他の三体と同じだが、顔はつるりとした仮面をつけていた。

 道化師の仮面だ。

 その両の眼は、洞穴ほらあなのようで真っ暗だ。

 だが、確かに私を見ていた。

 私は仮面を見て、ボルネフェルトの笑顔に似ていると思った。

 とても虚ろで、びしく恐ろしい。

 そしてその手には、実用向きの肉厚な斧が握られている。

 だが、斧の男と呼ぶには、仮面の異様さが勝っていた。


「兄弟よ、娘は帰してもらえぬか?」


 再び、ナリスがはっきりと声を出した。

 壮年の少し枯れた低い声。

 それに仮面の異形が首を傾げた。


「どこかで聞いた声で、あるな、あるな。

 そう、そう、そう、これはこれは、久方ぶりの〜声であるな、あるな」


 仮面は、甲高い声をあげた。

 男の声だ。

 だが、奇妙な節をつけた喋り口調は、興行師の口上のようだった。


「しかし、しかぁし、我に残る破片は、万をも越える。

 その一つを戻した所で、何も良いことはないのであ〜る。

 賢く未練がましいお主なら、わかっておろう、おろう」

「その欠片に願うのだ、同じ過ちはおきてはならぬ」


 それに異形は笑った。

 仮面の下で身を震わせて。


「確かに、確かにそうなのであ〜る。

 ならば、ならば、他の兄弟にも問わねばならぬ。

 罪人を獄舎ごくしゃへと送るまで、しばし、暫し、待つがよいのであ〜る」


 異形が斧で指す。

 ふざけた口調だが、その者の行いに面白い事は何一つ無い。

 三体の異形それぞれに化け物が牙を剥く。

 地響きと鳴き声。

 砂糖に集る蟻。

 化け物が物量に、番人は押しつぶされるのか?

 だが宮の住人には、家禽かきんの屠殺以下の事のようだ。

 血飛沫と断末魔に、私は目を閉じる。

 目を閉じても、赤い色が瞼の裏に残った。

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