第159話 噂 ⑤

「その人の考え方には、立場の違いが反映されるって思うんだ。

 皆、それぞれ自分の立場で考えるよね。

 自分の価値観の中で、相手を思いやりもするし、相手を推し量ろうとする。

 間違いじゃないけど、そこでちょっとした齟齬がでる。

 違う事を最初から頭に入れておかないと、いさかいのもとにもなる。」


 領主が、彼らにした要求はちょっと過大だった。

 昔話だから誇張もあるかもしれない。

 ただ、私は思うんだ。

 北東地域の人族の交渉は、最初に大きくでて話し合いで落として決着をつけるんだ。

 だから、大きな要求を最初に見せてから、実際の交渉をする。

 商人の商売の話し合いと同じだね。

 文化的な違いってのもある。

 お話の中で領主は、馬一頭に対しての重い税をかけると言う。

 更に馬を飼育するにも許可を求め、通行するにも金を出せという、とっても受け入れられない要求をするんだ。

 馬を育てて売るという事は、それだけの時間とお金と労力がかかっている。そこに重ねるように税をかけられたら、商売にならない。

 だから、この要求は最初から、馬を差し出せといっている。

 不逞の輩が勝手に領地の草を餌にしてるから、それに金を払えとかね。

 因縁をつけているだけだ。

 でも、ここで本来なら領主側は交渉し、妥協点を相手が求めてくると思っていたんだ。

 お話の中で、彼らに言うんだ。

 定住した上で馬の繁殖の仕事をし、青馬の頭数を揃える事ができたら良いってね。

 これが譲歩案だ。

 つまり、領民になれば良いって話だ。


「ところがね、ここで遊牧民の考え方、価値観が唸りをあげちゃうんだ。

 馬はね、家畜じゃないんだよ。

 売りはしたけど、財産じゃない。

 青馬の王に許しを得て、譲り受けた命なんだ」


 商売の種にしていたなら同じ?

 領主はそう考えたんだろうね。


「このお話は、先にも言ったけど、建国時の頃のお話だ。

 領主はきっと神聖教徒だったかもしれない。

 だから考えつかなかったと思うんだ。

 青馬の王は、馬の姿をした神だ。」


 つまり、馬の姿を真似た神様を彼らは信仰していた。

 だから、その神を裏切り譲る事はできない。


「改宗も同時に迫ったとも考えられるんだ」


 彼らは神を恐れ敬っていた。

 だから馬を返し、去っていった。

 彼らはどうなったのか?


「昔ばなしだからね、本当かどうかはわからないが。

 高地で山羊を飼う人達が、彼らの子孫だって話だよ。

 乳と肉と毛がとれる大きな山羊だ。

 毛が特に高級で、東の貴族様も大金を払って買うって話だ。

 ともかく、彼らは動物を育てるのがうまいんだね。

 あれ、また、話がそれた」


 ***


 お茶のおかわりをもらう頃、やっと陽が昇った。

 細かな塵がキラキラと光り、床の模様を切り取っている。


「さて、彼らがいなくなった後の話からだ」


 エリは菓子を噛り、頷いた。


「飽きて面白くなかったらやめるけど」


 大丈夫のようだ、エリが続きを早くという感じで首を振る。

 町が動き出さねば、男達も帰ってこないだろう。

 続きを話すことにした。


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