第158話 噂 ④

 彼らの馬は名馬と称され、年に数頭送り出されると高値がついた。

 もちろん買い手が殺到だ。

 するとその利に目をつける者もあらわれた。

 名もなき流浪の民だ。

 定住せぬ不逞ふていの輩として、彼らを支配しようとしたんだ。

 税を納めぬ罪人だとね。

 でも、おかしいよね。

 昔から彼らは馬と共に移動して暮らしていた。

 誰かの領地に入ったら、そこで通行税を納めていた。

 他の旅人や商人と同じにね。

 今までそうして暮らしてきたし、誰もとがめる事はなかった。

 だって、彼らが先に暮らしていたんだもの。

 でも、後から来た支配者は言った。

 お前たちは野蛮な罪人だって。

 そう断じたのは、中原北東地域の支配者だ。

 さて彼らは、定めた場所で暮らし税を納める事が正しいと言う。

 人間らしい暮らしをしろってね。

 財産である馬を税として差し出してだ。

 でも、彼らはちゃんと人間だし、悪いこともしていない。

 馬が財産だとしても、それは彼らの家畜で、けっしていつの間にか土地に住み着いて大きな顔をしている誰かの財産ではない。


「盗人の理屈って奴だ。

 彼らを悪い者として、馬を取り上げようとしたんだ。

 嫌なやつだよね。

 でもね、こんな事を言い出した理由も、一応あるんだ。」


 ちょっと横道にそれちゃうけどね。

 このお話は昔話だけれど、王国の歴史と少し被っているんだ。

 中央王国建国時、誰がどうやって暮らしていて、どうやって働いてかてを得ているかを最初に調べたんだ。

 人がどのくらい暮らしていて、どのような人種がいるのかを大規模に調べたんだよ。

 エリはまだ学んだ事は無いかもしれないけれど、この時に宗教、つまり祈る神様も一つにしようって事になった。

 中央大陸全土での宗教統一が起こった頃だよ。

 王国が今に落ち着くまでの、混乱していた頃のお話って訳。

 だから、遊牧の人たちも定住するというまつりごと、決まりができたんだ。

 だからこのお話をすると、この領主がすごく悪い奴に見えるけど、実はそれほど酷い事を言っているわけじゃないんだ。

 だから、馬の権利が欲しいとか、悪者っぽい感じでお話が進むけど、その領主や貴族が悪者ってだけじゃ無い事を覚えていてね。


 さて、話は戻る。

 名馬の利益を欲したのは、街の外にも出たことが無い貴族だ。

 馬を育てたこともなければ、遊牧の民を見たことも無い。

 だから、簡単に考えたんだ。

 定住しなければ馬の飼育を許可しない。

 領内に入る事も許さない。

 そう彼らに告げた。

 自分たちが言えば、彼らのような小さな集団は、直ぐに言うことを聞くと思っていたんだ。

 でもね、彼ら支配者側の価値観が違うように、遊牧の民の物事を測る物差しも違ってたんだ。


「たぶん、この馬の利益を欲しがった人たちの考え方なら、エリも想像できるよね。

 嫌なやつだなぁって。

 でも遊牧の民の考え方は、ちょっとわからないかもしれない。」


 彼らは、自分たちの青馬を放逐すると、荷物をまとめて出ていったんだ。

 馬の飼育をやめて、財産である青馬を王に返したんだ。


「彼らは草原の彼方へ消えてしまったんだ」

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