第157話 噂 ③

 中原には、たくさんの野生馬の群れがいる。

 その中でも青毛馬の群れが有名だ。

 中原の青毛馬は、馬体が大きくて獰猛。

 捉えようとする人を踏み殺すような馬なんだ。

 そして他の地域の馬では追いつけないほど俊足だ。


「青毛馬というのは、黒い毛の馬の事なんだよ。

 黒い肌に長めの獣毛をした黒馬で、元気な馬ほど艷やかで青く見える。

 そうだね、夜明け前の夜空のような青さだ」


 中原は、大陸一の軍馬名馬が産まれる場所だ。

 もし手に入れれば、どれほど戦の役にたつことか。

 中原の青毛に騎乗した者が、王になったという話もある。

 だが、今、あの人達が話しているのは、その王の馬の事ではないんだ。

 けれど無関係でもない。


 さて、中原の馬は、群れで移動している。

 今でも旅をしていれば見かける野生馬の群れがそれだね。

 群れは、雌数頭を牡が率いている。

 その小さな群れが、餌場や水を求めて大群になる事がある。

 馬の集団での移動は珍しくないんだ。

 そうして弱い個体を守って、季節で移動するんだよ。

 移動は元気な牡が率いているものだ。

 馬を襲う人や獣から身を護るためにね。

 で、昔々の話だ。


 名馬の群れにはがいる。


 中原の遊牧民の口伝である。

 王は勇猛果敢で、人間を殊更嫌っていたんだ。

 人間は残虐狡猾で、馬を殺すからとね。

 だから馬が欲しい人は、正々堂々と挑まないといけない。

 卑怯な振る舞いや残虐な事をすれば、馬の王から災いがもたらされるからだ。

 何故なら中原の馬の王は、馬の形を真似た神だから。


 たくさんの王の馬と、人間の王の話がある。

 王国の昔話は、英雄譚だ。

 でも遊牧民の、王国が併合し消え去った騎馬民族の口伝は違う。


 王の馬に縄をかけてはいけない。

 誤り子馬や牝馬に縄がかかれば、王が人を殺しにくるからだ。

 王の馬に罠をかけてはならない。

 誤り子馬や牝馬が罠にかかれば、王が人を殺しに来るからだ。


 気がついたかい?

 この口伝は、馬を手に入れる方法を説いているのだ。

 子馬や牝馬、群れを統率する馬を標的にすると、群れごと敵意を向けてくる。

 では、この条件以外だとどうなるのか?

 若い牡馬、老いた馬ならば、傷つける事無く追いまわし囲いにでも追い込めばよいのだ。

 そうすれば群れの本体は逃げるが、襲いかかってくる事は無い。

 ここで注意しなくちゃいけないことがわかるかい?

 馬を傷つけちゃいけないって事。

 さて、この口伝が常識だった頃の昔話だ。

 昔々あるところに、馬と暮らす人々がいた。

 農耕に適さない土地故に、馬を育てて暮らしていた。

 彼らは、青馬の群れから牡馬を捕らえては、自分たちの牝馬と添わせて増やした。

 大切に育てて、様々な国に売って暮らしていた。

 彼らの馬は、姿が美しく力が強く賢かった。

 大切に扱えば、とても良く人に従った。

 気性が穏やかで大らかだった。

 その頃の馬は、体が大きければ気性が荒く、穏やかであれば足が遅くというのが普通だったんだ。

 だから、彼らの馬はとても高い値がついたんだ。



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