第81話 闇の囁き
問いの意味。
ナリスが口を開く前に、金属板を懐に入れる。
いつの間にか、何ら違和感なく会話をしていたが、それも暫くは聞きたくなかった。
あの問いは、どれを選んでも、誰も救われないのだ。
爺たちは、彼ら自身の行いによって帰る。
それを決めるのは、見えぬ理が定め、どうにもならぬ事なのだ。
人が己の行いによって自滅していくだけなのだ。
私の行いで、爺たちが裁かれる事は無いのだ。
人の領分を守る爺たちならば、きっと帰れるのだ。
大丈夫、きっと大丈夫。
だから、ナリスは言うのだ。
選ばずに、帰れと。
異形は、番人は引き止めないだろう。
だって後悔も、その後に来るツケを払うのも、自分自身だ。
あれは選択肢ではないのだ。
私の心根を見ていたのだ。
間違いを犯すのを見ているのだ。
どうせ間違いを犯すなら、一人で逃げ帰ってしまえと、ナリスは言っていたのだ。
なんだ、そうか。
何度もここに来て思ったじゃないか。
もう、帰れないんだって。
なら、どうする?
私は、どうしたい?
痛くないといいな、苦しくないと、いいな。
目を閉じて、闇に踏み出す。
ほら、簡単だろ?
「旦那、何処においでか?」
目を開くと闇は無い。
闇は、心の中にある。
努めて平坦な口調を心がけた。
何事も無かったように返事が返る。
「おう坊主、生きてたか?」
光りの中に男がいた。
血塗れで、くたびれた姿だ。
そして相変わらず、人の悪そうなニヤニヤ笑いを浮かべている。
私も、笑った。
何だか懐かしくて悲しい、奇妙な心持ちだ。
私は懐から智者の鏡を取り出す。
今は沈黙している。
きっと、この男の前だと喋らないだろう。
それを男に差し出した。
「旦那、返しておきますよ。はぐれて返せなくなったら困る」
「嫌だね。本当はよ、もってるのも嫌なんだよ、それ」
「そんな嫌なものを持たせないでくださいよ」
「何か食い物ねぇか?」
仕方なく、代わりに残っていた干し肉を渡す。
余程、腹が減っていたのか、男は嬉しそうに口に咥えた。
あの塗りつぶすような闇は無い。
私達は、石壁の広大な迷路にいた。
石壁は高さがなく、全景が見て取れる。
あの石の街に匹敵する見渡す限りの石の迷路だ。
私が落ちたあの時、カーン達が落ちた場所が、ここだ。
天井も見渡せる限りの迷路の先も、霞がかかっている。
またも、奇妙な状況だ。
私が仮面の異形に出会ったように、落とされた彼らも出会ったそうだ。
そして、迷路を踏破すれば、帰れる。と唆した。
迷路を踏破、もしくは、帰りの門の鍵を手に入れれば、帰れると。
「鍵を持つ供物を捧げれば、帰れるとよ。
馬鹿馬鹿しい事云いやがって、あの化け物を殺せばいいんだよ。
お前のところの爺どもは、来た穴を潰しやがったしな。
爺どもは元気だったぞ。
お前を殺したのなんのと罵りやがってよ。
俺はガキは殺さねぇんだよ。まったくよぉ」
「大丈夫ですよ、旦那。
帰れますよ、その為の道案内じゃないですか。
もどったら、爺たちはお目溢ししてください。
きっと怖かったんですよ。
村の皆も、許してくださいね。
約束ですよ、皆を許してくださいね」
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