第586話 一夜の宴 ⑥
男達の寝泊まりする通路奥に、炊事場がある。
その奥を抜けると建物の裏手だ。
生い茂る木々から、果樹を揃えた大きな庭に続いているようだ。
その荒れ果て陰鬱な景色の奥に、東屋のような建物が見える。
整っていれば小道が果樹の林をうねり、夜会のおりには提灯などが灯され美しい事だったろう。
その美しい夏の宴の残滓が、ぼうぼうと茂る木々のあちらこちらに見えた。
燃え落ちたような灯明や、打ち捨てられた小卓。
それでも男達が少し片付けたのか、それらは片隅に集められていた。
荒れ果てた景色とは別に、炊事の為の釜や水場の周りは人の手が入っていた。
見回すと雑草の侵略をそこだけは何とか食い止めている。
小道といったが、この炊事場からは直接庭園に踏み出す事は叶わない。
客は表の庭園を散策して回り込むか、崩れかけた館の何処かから果樹の庭に出るのだろう。
使用人の出入り口、饗しの為の裏口も何処かにあるだろうが、今は草木に埋もれてわからなかった。
ここは、これで行き止まりと考えて良いようだ。
再び、広間の方へと入る。
今度は玄関広間の左側、男達の寝泊まりする反対側へと進む。
作りは広間の階段を挟んで左右対称である。
こちらの鍵は、ちゃんと鍵穴があり施錠されている。
墓守の鍵はどうやら1階と2階でわかれているが、鍵そのものは2つで共通だった。
これもまた、防犯とは無縁の作りというわけだ。
最初からそうだったのか、舞台の演出のためかはわからない。
もちろん館の管理の為に、そうした鍵をつくる事もあるのだが、さすがに一本で殆どの扉を開放できるような事は無い。
牢屋の作りと考えたのは間違いではないのかも。
モルドビアンが1階用の鍵を取り出し差し込む。
階上は、ミアが一部屋ずつ見て回っている。
足場が脆いらしく、踏み抜いては騒いでいるのが聞こえた。
トリッシュ達は地下室などが無いかと階段後ろにある奥に入り込んでいる。
貯蔵庫に繋がっているらしく、食料はそこに確保されていた。
この左側は1階の探索の時は除外した。
階上に墓守達が何か仕事をしていたという証言のせいで後回しにしたのだ。
特にこちら側を、墓守たちは弄っておらず、いつも閉じていたというのもある。
ザム、私とカーン、その後ろにモルドが下がる。
差し込まれた鍵は捻らず、男二人を前に押し出した。
ミアが反対側の部屋を探るならと、小突き回していた男達のうち二人を寄越したのだ。
この扉は、墓守たちが寝ている扉の向かい側に位置している。
ザムはいつでも動けるように扉の脇に立った。
扉を開けるように男達に促す。
鍵は何の変哲もない鉄のもので、錆びた持ち手がパラパラと鉄粉を手に残した。
震える男の手が、鍵をひねる。
鍵は小さな音をたてて簡単に回った。
さらに促された男は、目を閉じたまま扉を押した。
開かない。
「この扉は手前に引くようだ」
外に向けて扉が開くのは珍しい。
男が改めて、今度はゆっくりと扉を手前に引いた。
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