第587話 一夜の宴 ⑦
壁だ。
漆喰で塞がれており、扉の先は壁である。
不意に息苦しさを感じた。
ザムが表面に手を這わせる。
「湿っていますね」
それから拳で軽く叩く。
「結構な厚みがありそうです」
それから奥に向けて、順次扉を開けるも、全て漆喰で埋められており中を確認することができなかった。
館の造りからすれば、部屋を埋める理由がわからない。
内部が余程老築化したのだろうか。
一番奥、右側でいうところの炊事場の辺りは、階上が崩れた痕があり、潰れ瓦礫に埋まっていた。
墓守は、階上と地下の鍵のかかる場所、つまり寝起きと煮炊きの場所以外の建物の中には近寄るなと言った。
その鍵のかかる扉は、漆喰で塗り固められている。
つまり?
寒い。
酷く寒い。
「壁を壊したら、何が出てくるのでしょうか?」
「まぁ壊すしかねぇよな、オリヴィア」
笑いながら言われても、嫌な予感しかしない。
男達に道具を探させると、大振りの金鎚が見つかった。
それで一番手前の部屋から漆喰を壊す事にした。
その頃には、階上にいたミアも戻っていた。
「上も酷い荒廃です。
南の尖塔に続く通路が壊れていて渡れません。
強引に渡ってもいいかと、鉤縄をかけたら見事に尖塔の壁が崩れまして、全部倒壊するのも時間の問題かと」
不自然な構造の上に、傷みが激しい3つの尖塔が倒壊したら、この館の真上に崩れるだろう。
2階建ての館に、南向きに石の尖塔が3つくっついている。
地上からは入る場所が見当たらず、2階の屋根の部分から回廊が空中に渡されていたようだ。
この回廊と尖塔が城のように見せていた。
不安定な造りで、大きな嵐に耐えられるのだろうかと、素人目にも不安になる。
多分、往時は手入れがされ、美しい庭園や林の小道、果樹に囲まれた夢のような場所だったのかも知れない。
塔の上から、自分たちの庭や森、その先の湖沼、もしかしたら更に遠くの湿地さえも見えただろうか。
さぞや美しく、夏の宴に相応しい館であったのだろう。
「開きそうです」
金鎚で壁を叩き壊していくと割れ穴が開き始めた。
徐々に広がる穴の先は、真っ暗だ。
ふっと冷気が中から漂う。
崩れる粉塵よりも、鋭利な臭い。
あぁ寒い。
そして中から漂うは、腐臭、だ。
粘着くような臭い。
湿気とともに、糞尿の臭いと黴臭い異臭。
ガツガツと出入り口を壊した男達は、鼻を片手で塞ぐと後ずさった。
「灯りをいれろ」
カーンの言葉に、モルドが腰の物入れから掌ぐらいの、細い筒を取り出した。
それを靴底で擦ると炎と煙があがる。
投げ込まれた炎は、ころころと床へと転がった。
その白い光りが闇を押しやる。
火事を案じたが、部屋の中は酷く湿気っており、逆に炎は消えそうだった。
金鎚を担いでいた男が、引きつった声を上げた。
もう一人は、堪えきれずに膝をつく。
「まだ、それほど時間はたってないな。
お前達がここに来た頃はいきていたかもな」
部屋の中には、死体が並んでいた。
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