第588話 一夜の宴 ⑧

 生きたまま部屋に閉じ込められたのか、それとも殺してから押し込んだのか。

 足を投げ出した格好の腐乱死体が壁に並んでいた。

 服装から、ここに集められた男達と同じ境遇と見える。


「屋敷ごと燃やしたいが、まぁ燃やすのは後回しだ。扉を施錠して次だ」


 転がした灯りを取り出すと隣りの部屋に移る。

 鎚をもった男達は、半ば自棄になって漆喰を壊していく。

 そうして次々と部屋の中から、大量の腐った死体を見つけた。

 敢えて、私は言わなかった。

 これが禁を破らなかったにえの末路ではないか?と。

 言ったところで無駄だ。

 禁を破った者も逃げ延びてはいまい。


「地下はあったか?」


 打ち壊しに、他の探索をしていた男達も加わる。

 兵士達の沈黙と生き残りの男達の恐慌を見れば、同じような事を考えていそうだ。


「地下の食料庫の先に、焼却炉へ繋がる細い通路がありました。

 下水や地下の部分は、建物自体が沈下して潰れてしまっています。

 焼却炉部分で行き止まり、煙突や石炭の山にも通路はありませんでした。」

「他に何かあるとすれば、塔か」

「上からは無理ですね。壁か地面下から掘れないか確認してみます」


 トリッシュはそういうと確認に向かった。

 だが、結果期待したような、入口も壁石の緩みも発見できなかった。


 そうして漆喰を壊し、左側の部屋を確認し終える頃、陽が沈んだ。

 死体の身元の分かるような品はなかった。

 見たところ人族の男であろうという推測と数をかぞえて終わりだ。

 持ち物は身の回りの品だけで、やはりコルテス内地からの出稼ぎ、労働階級に見えた。

 己が末路を見せつけられた男達は、それでも食料を手にすると右の一部屋に逃げ込んだ。

 器用な事に内側から針金で鍵をかけるという技まで見せてくれる。

 明日の朝も自分たちで器用に開けるのだろう。


「漆喰部屋を見た後で、よく隠れる気になるもんだ」


 ミアの呆れた声に、皆、ちょっと苦笑いだ。

 力のある獣人兵士からすれば、彼らの臆病さは理解し難いのかも知れない。

 外か中かと天秤にかけて、漆喰に出入り口を塞がれても、我々が生き残っていれば何とか出してもらえると思ったのかも知れない。

 もちろん、この考えには大きな穴がある。


 死因が不可解だ。


 閉じ込められての餓死。

 漆喰に塞がれての窒息。


 整然と壁に並べられた死体を見て、この2つの可能性は否定できた。

 漆喰が如何に厚かろうと、窓を塞がれていようと、が外に出ようと複数人で抵抗すれば、外に出る事は叶ったろう。

 それに隙間風が入る廃墟のような場所だ。

 出入り口と窓を塞がれても、窒息するには時間がかかるし不確実だ。


 毒物?

 と、考えるより死体の状態から、すぐに浮かぶ死因は武器によるものだ。

 あからさまな損傷は、争いがあった事を示している。

 つまり刃物傷で両断されたり、死体が持ち物ごと断ち割られていたのだ。

 閉じられた内部が湿り黴を生やし腐り果てていたのは、自然に腐敗するよりも多くが中身を晒していたからだ。

 それに死体はそれぞれに武器を持っていた。

 整然と並べた者が殺人者か?


 それもわからない。


 これも口には出さないが、漆喰をどうやって塗ったのか?だ。

 そもそも漆喰とは塗料である。

 分厚い漆喰を崩した時、中からは石や土がこぼれ出たが、そもそも何に対して塗って固めたのだろうか。

 土や石を積んで、どうやって厚みを持たせて中も外も塗り込める事ができたのだろう?

 窓は塞がれているし、虫の穴蔵のようになっている部屋でだ。

 外側から積んで塗り込める?

 そんな面倒な作業を死体を作り出してから行う意味とは?

 それとも意味があるのか?


「死体を運び出させるつもりだったのに、店仕舞いが早いんだよ」


 ミアが苛立たしげに、ダンダンと扉を蹴り上げた。

 撓む扉に、さぞかし男達は縮みあがっているだろう。

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