第39話 回廊 ③

「旦那、あの化け物は本当に人だったのか?」

「あぁ、ちっとばかり皮が剥けてたがな」


 キシシと下品に笑うと、男が歩きだした。

 原因は何だ?

 領主と爺達を連れて行った奴らか?

 あれはその奴らなのか?

 それともこの場所の何かが。


 考えると怖い。


「あれは」

「まぁ坊主にとっちゃぁ、仲間が心配だよな」


 のんびりと男が答え、私の角灯を取り上げた。

 それを掲げてゆっくりと振る。

 先を見るが、やはり闇が濃く遮っていた。

 無駄と思ったのか、角灯を返される。


「首尾よくいきゃぁ、お前の村だけは無事ですむ」


 首尾よくいかなかったら?

 と、聞けなかった。

 代わりに回廊に目を移す。

 闇で消される視界でも、片側が岩で埋め尽くされているのがわかる。

 登ってきた穴は、通路の柱側、岩壁と柱の間にある。

 ちょうどそこから左右に通路が続いており、右を見れば左が回廊の壁側。左を見れば、右が回廊の壁となる。

 当たり前だが、通路は闇が降りているので、どちらが正解かはわからない。

 道案内のナリスに聞けば、どちらでもよいと返るので、そのとおりなのだろう。


「ひとまず、右に進む」


 ここが地上ならば、回廊の片側は外の景色だ。

 柱側の岩が埋め尽くす方が外で、扉や部屋があるのなら、漆喰の壁側になる。

 振り返る。

 穴の光りは、もう見えない。

 天井は所々、煉瓦が半円を描いている。

 空気は下より格段に冷たく、男が風上に向かって歩いているのがわかった。

 回廊には、湿った微風が吹いている。

 あの下からの穴でいうと右側からだ。

 体が冷え固まらないように、手指を動かす。

 今の時間が何時なのか、日付は変わっていないと思う。

 爺達は、食料をもっているだろうか。

 同行者は、皆、血塗れの姿になっているのか?

 カーンの背中を見ながら、じんわりと何かがこみあげてくる。

 凍えるような寒さを感じた。

 胸の中、凍った空気が入り込んだみたいに痛む。


 爺達は、死んでいるのかな。


 爺たちは、私の家族だ。

 村人は、私の家族の大切な人達。

 大切な人達の暮らす村と、それを治める領主とその一族。


 冬に捨てられた私を、売らず、奪わず、与えてくれた人達。


 一緒に生きてきた。

 その恩を返さずに、死なせてはいけない。

 爺達が死んでいるのではと思うと、怖かった。

 怖いのは嫌だ。

 私を受け入れてくれた人達が、死ぬことだ。

 私が知っている人が、死ぬ。

 私を許してくれる人が、死ぬ。


 死ぬのは嫌だ。

 死ぬのは怖い。

 だって痛い。

 痛いより、一人ぼっちが嫌。

 一人ぼっちも嫌だけど、最後の一人はもっと嫌だ。

 死ぬのは、怖い?

 誰かが死ぬより、怖い?



 シヌノハ、カンタンダヨ



 不意に、カーンが立ち止まった。

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