第38話 回廊 ②

 私は深呼吸をすると、腕に力を込めた。

 上半身を乗せて、下半身を片足づつ引き上げる。

 そのまま横に転がると、腹ばいになって息を殺した。

 気配を探る。

 鼻の先さえ見えない闇だ。

 目を見開くが、何も見えない。

 穴だけが、下からの光りを帯にしている。

 私は火屋ほやの覆いを開けるか迷う。

 光りを漏らさぬように蓋をしていたのだ。

 見えない事が有利なのは、相手も見えない場合だけか。

 私は覆いを開けた。

 暗い。

 小さな灯りだが、足まわり程しか灯りが届かない。

 不自然に暗い。

 それでも、すぐ側に太い柱が見える。

 私は括り付けていた装備を下ろし、背嚢から縄を取り出した。

 柱に縛り、その縄の先を穴に垂らしす。


 下では、肉は白骨となり、もうすぐ食料は無くなりそうだった。

 あれらの縄張りが天蓋天井なら、はやく男をたどり着かせるべきだ。

 四つになり這い覗けば、その男は天井の化粧板部分を破壊していた。


「岩の亀裂に指を入れるんですよ」


「阿呆は、聞かぬ」


 合いの手に同意をしそうになるが、それどころではない。

 派手に天井を破壊するので、蝙蝠が気がついた。

 まだ、肉が残っているので飛び立っては来ない。

 だが、それも時間の問題だ。

 縄の先を結んで、男の方へ投げる。何度か繰り返すと、男は縄を掴んだ。

 細縄一本では心もとないが、背に通し足裏を柱につけた。


「坊主じゃぁ支えられねぇ、体を通すとお前が千切れるぞ」

「指を置くときだけだ。いいから、化粧板から指を」

えぐっちまえばいいのか」

「やめろ」


 そうして縁に手がかかるまで支える。

 実際、カーンはこちらに重心を預けなかった。

 指を置く位置を探すときだけ、縄を引いてみせたぐらいである。

 それから穴に転がり込むと、さすがに指だけの天井行に腕を振っていた。


「お前は猿か」


 呻きながらの最初の言葉がそれである。

 二度目の猿呼びにムッとする。

 猿のようでなければ置き去りであったろうに。

 それでも、最初からあまり丁寧な物言いはしていない自覚はある。

 先程も不敬だったので、言葉を呑んだ。

 かわりに床に置いていた灯りをかざす。

 やはり闇が濃い。

 会話するカーンの顔も、まるで煙の中のようだ。

 見える範囲を照らす。

 黒く塗りつぶされた視界に、太い柱が等間隔で並ぶ回廊らしきものが見えた。

 穴は回廊の柱の影にある。

 そして回廊の片側の壁が岩で押しつぶされていた。

 これが下の部屋を分断し押しつぶしている岩盤かもしれない。

 穴は、その岩肌が割れ崩れ、崩落し開いたのだろうか?

 風向きを確かめていると、武装を戻した男が立ち上がった。


「さてさて、今度は何が出てくるんだろうなぁ」


 外れていないだけに、気分が鬱いだ。


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