第37話 回廊

 カーンの装備は、本人曰く、アダマンタイト合金だとの話。

 言われても良くわからない。

 お高いという事だろう。

 この先も腐肉を見るなら、彼の武装を剥ぐのは拙い。

 それを落とさぬように、背嚢に縛り付ける。それを背負い直して壁に取り付いた。

 円蓋天井が崩れ、岩盤が露出している場所だ。

 思ったよりも、手がかり足がかりを見つけやすい。

 ただ、所々残っている元の建築物が脆い。

 足場は残っていても、この部分を掴むと落ちそうだ。

 それでも、崖の鳥の巣を探すよりは楽である。

 ただ、登った先に卵や雛がいるわけではない。

 いるとしたら、カーンが言うところの地獄の住人だろう。

 まったく楽しくないことだ。

 そうして体を押し上げ、黙々と登る。

 不意に割り込む、疑問だけが心を重くする。

 

 なぜ、どうして、ここに?

 ここはなんだ、これは何だ?


 天井近くの亀裂までは、壁から少し距離がある。

 あの穴に入り込むには、手の力だけで取り付かねばならない。

 太縄を持って来なかった事が悔やまれる。

 手元にあるのは、大男を支えるには細い。だがまぁ、獣人は体が強い、どうとでもなるし落ちても死ぬことはないだろう。

 さてと、壁から天井へと移る。

 担いだ装備の分だけ重いが、大丈夫だとふむ。

 これでも狩りをする為に弓も引けた。小柄で細かろうと、私は狩人だ。弱々しい見た目だと言われるが、それほど鈍くも弱くもない。

 片手で体を支え、振り子のように飛ぶ。

 化粧板の部分は脆い。

 それを避けて、突き出た岩肌の窪みや割れ目に指を入れる。

 下は見ない。

 落ちれば死ぬ高さだ。

 血肉に群がる蝙蝠も見たくない。

 吐き気は収まり、体の中の冷たさは薄れている。

 それでも息が切れて苦しい。

 天井の穴からは、冷気が漏れている。

 真っ黒い口を開く穴は、できれば最初に入りたくはない。

 それでも天井にぶら下がったままでは、いられない。

 頭上の穴に手がかりを探して、手を入れた。


 噛みちぎられる事は、無かった。


 穴の縁はざらざらとして、掴みやすい。

 それでも、筋肉の酷使で、すぐに身を引き上げることができない。

 私は、穴の縁に手をかけたまま振り返った。

 男は大きくて重い。

 膂力のある身軽な獣人でも、古く劣化した壁が支えきれないのだ。

 そして私が手がかりとした場所がわからないのか、尽く古い壁を破壊していた。

 ぶらりと下がりながら見物する。


(ブザマ)


「見てんじゃねぇよ、猿か。さっさと上がれ」


 笑ったのはナリスで、私は違う。

 

 だって、ここから皮を剥かれた人が来たんだぞ。

 と、訴えても無駄か。

 私は腕に力を込めると、体を引き上げた。

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