第36話 侵食

 カーンは、飛び上がる蝙蝠を避けて一歩下がった。

 彼にしてみれば、特に騒ぐほどのことではないらしい。ただ、腐肉がかかって汚いと繰り返してる。

 刃となって旋回していた蝙蝠モドキも、倒れた腐肉と血飛沫の方へと群がった。

 食欲の方を優先したのだろう。

 それを見て、私達はゆっくりと後退した。


「どうやら上に穴がある。

 壁沿いに上がるか、川底に潜ってみるかだ。どっちがいいんだ?」


 ナリスに聞いているのだろうな。

 介しての問いに、私も聞きたいことがある。


「出口を聞くのか、それとも爺達の行き先か?」

「そりゃもちろん、地獄に行くに決まってんだろう」

「地獄なんですか、旦那」


 一人で行け。

 とは言わずに睨む。

 それに男は笑った。


「だってお前、アレが人間に見えるか?

 見てみろよ、元はご立派な近衛だぞ。剥き身の海老みたいになっちゃいるがな。海老って知ってるか?海にいる生き物でな」


 蝙蝠が集る赤黒い肉に、その片鱗へんりんを探す。


「海老は知っていますよ。こんな奥地にも行商が海産物を加工して運んできますから。この辺の冬は夜が長いんで」

「骨が弱るって奴か、まぁ知ってんならいいや」

「高貴な方々なのですか」

「高貴かどうかは知らんが、貴族だな。近衛に下々がなる事はないなぁ。

 ほら、よく見ろ。

 残ってる下履きに刺繍がある。色は変わっちまってるが、獅子と錫杖だ。

 あれは大公血族に付く近衛の紋章だ。

 喋れるかと思ったんだがなぁ、脳みそまで腐っちまったか。いやだねぇ。燃やしてぇが、まぁ喰われたんならいいか」


 饒舌な説明に、私は無言で返した。

 肉に辛うじて残る衣類までは、判別できない。


「さぁ、上か下か、どっちなんだ?」


 私は懐から、智者の鏡を取り出した。


 ***


 岩場を登る。

 天井の亀裂は闇に落ちており、その先は見えない。

 蝙蝠どもが肉を喰っているうちに、壁を伝い亀裂に取り付くことになった。

 幸い、私自身は身が軽い。

 重装備でもなく、血塗れの手袋を外せば、それで支度はできた。

 カーンはと言えば、それなりの金属装備である。

 剣も重かろうが、膂力は足りているので重さは問題ではない。ただ、垂直の壁を登るには如何な獣人とは言え、金属装備は邪魔だ。

 かと言って、蝙蝠どもの食欲がどちらに向かうかなど見当もつかない。早めに移動するに限る。

 そこで、分厚い金属織りの手袋と簡単に取り外れる物は外す。そして担げる限りの重さを私にくくりつけた。

 小物でも、私には結構な重量だ。

 それから足場と手がかりを見つけながら、私が先に登る事になった。


「他に道はねぇのかよ、役に立たねぇ神器じんきだなぁ」


(シネ)


「..言ってない」

「わかってらぁ、クソがっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る