第352話 群れとなる (中) ②

 部屋に訪れるのは、年老いた巫女一人だ。

 枯れ木のように痩せてはいるが、すっと背筋が伸びた姿は威厳がある。

 纏う衣装もシワひとつ無く、厳しい表情で無口。

 丁寧な態度で、時折、会話をする時だけは優しげだ。

 食事の味、湯の温度、体の具合など、一日に幾度となくたずね気を配ってくれる。

 そして就寝前に、今日読んだ書物の内容を聞いてくる。

 この巫女頭と呼ばれる老女は、書物の内容を諳んじているのか、私の答えに色々と注釈を加えながら確認をしてくる。

 この学びの意味を、問いただした事は無い。

 それでも学ぶ内に、私の考えの土台ができるのがわかった。

 知識とする普通の学びではない。

 私とグリモア、二つの意識の距離を保たせる土台だ。

 グリモアは、多くの人格を表にだして語らせ、知識をふるう。

 その彼ら、例えばボルネフェルト少年から知識を与えられる。

 それは私とグリモアの間の垣根を低くする行いだ。

 同調し、私は彼らに近くなる。

 彼らが大きな存在だとすれば、小さな私は、元の私を忘れてしまうかもしれない。

 阻止するならば、結局、考え方や知識の幅を広く持つことだ。

 強い意見に対する抗弁の材料だろうか。

 この与えられた歴史の書物などは、その材料になった。

 人族獣族偏重ではあるが、人の歴史を知ると考え方の幅が大きくなる。

 例えば、生存競争に勝ったからこそ、人の暮らしやすい環境になった。

 優位に勝る生き物が現れれば、この環境も再び改変される可能性がある。

 そしてこの環境の改変に大きな役割を過去もっていたのは、呪術だ。

 呪術者という指導者という意味だ。

 故に、宗教統一により不要とされたのは、今を生きる者には邪魔であったからだ。

 もちろん歴史書にこのような事は書かれてはいない。

 だが、歴史書に記された事の多くは、人の淘汰と生き残りの記録である。

 となれば、ボルネフェルト公爵の行いも当てはめられるのではないか?と思った。

 今に生きる人々にとっては、まったくもって暴虐であるが、彼の世界の住人には、楽園を作り出していた事になるのではないか?と。

 もちろん、これはまったく見当違いの考え方だ。

 彼は、別に世界を変えたかった訳ではない。

 きっときちんと死にたかっただけだと思う。


 歴史をまず学ばせる意味は他にもある。

 祭司長は、こう問いたいのだ。


 君は、何処に生きているのか?


 何者であろうとも、この中央大陸の人の暮らしに在るならば、何に帰属するかをはっきりさせる。

 それが人の営みを記す書を学ぶ意味だ。

 私は親もいず、帰属するべき氏族もいない。

 故郷とする人々とも分かれてしまった。

 ならば自分自身が何者で、どのような世界に生きている、生きていたいのかを、自分で考えなければならない。

 氏族や家族、地域社会と離れてしまっても、それで人の社会から外れた訳ではない。

 孤独でつながりがないからといって、甘言に踊らされてはいけない。

 まして、私の中には過分な力が寄り添っている。

 だから知識と共に、己に問い続けなければならない。


 私は、何処にいるのか?

 まだ人間として、この世界にいていいのか?

 宮の底へと還るのは、もうすぐかな?

 悲しいな。

 寂しいな。

 で結局、猫になって日向で寝ていたい。

 等と、わけの分からない考えで終わる。

 考えすぎてもいいことはない、の典型だった。

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