第353話 群れとなる (中) ③

 あまりにも平穏だった。

 最近、神殿で飼われているらしい猫が庭を通過する。

 書物に飽きると、その猫が通ると見つめたりする。

 猫のほうでも、室内の私を発見すると動きを止める。

 すると、徐々に猫の表情らしきものが変わる。

 原因はわからないが、えっ?という表情だ。

 何かニャゴニャゴ鳴いてから、しばし、座ってこちらを見て去っていく。

 猫の言葉がわかればいいのにな。

 と、まぁ暇だった。

 訪れる人は、巫女頭様だけである。

 食事の時も、彼女と雑談だ。

 大凡は、書物の話題である。

 まぁ雑談するにも、個人的な事を聞いて良いのか悪いのか、お互いにわからないというのもあった。

 ただ、部屋の小物を少しづつ増やしてくれているので、その話題も多い。

 まったく私物を持たない私に、彼女が気を使って色々揃えてくれていた。

 全体的に白い室内に、小さな薄桃色の花瓶が置かれている。

 それも彼女が持ち込んだものだ。

 そこには小さな冬の花が生けられており、都の人らしい洗練された美しさがあった。

 巫女頭様は、きっと貴族階級の人だと思う。

 お淑やかで、実に高貴なのだ。

 野山を猪猟だといって、罠をしかけて走り回る女とは大違いである。

 もちろん、猪の捌き方や皮の鞣し方など、知っていて損はないのだが。まぁ、話題がかみ合わないのは仕方がない。

 そんな穏やかで暇で、不安ばかりが膨れ上がる頃、この私に面会しようとする者がいた。

 もちろん、私は神殿長や巫女頭様が許可した人物以外と面会することは許されない。

 グリモアがどう反応するか予想がつかないからだ。


 ***


 その日は朝から様子がおかしかった。

 私がいる場所は神殿でも奥まった場所、人の気配というものが無い。

 せいぜい、縄張りを確認する猫が通過するだけである。

 それも女子棟というものらしく、神殿長さえ近寄らない。

 この特別棟に連なる一般の女子棟付近が騒々しいのだ。

 こんな奥まで騒々しい雰囲気が聞こえてくる。

 ところどころで金切り声らしきものも聞こえてくるが、多くが女性の罵声だ。

 悲鳴と言っても誰かが殺されるとか、こう物騒な感じはあまりしない。

 どちらかといえば、女性が怒り狂っている。

 まぁ物騒じゃないわけでもないか。

 それでも何となく、妙な感じだ。

 物騒ならば、神殿兵士たちや男達の怒声も聞こえてくるはず?

 わからないが、騒動気配が徐々にこちらに向かってくるのだけはわかった。

 そしていよいよ近づいてくると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 金切り声をあげ罵り怒鳴る、巫女頭様の声だった。

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