第351話 群れとなる (中)

『永遠に苦しめ』


 この言葉は結局、私に向けられたものだ。

 嘘つきへの言葉。

 嘘つきは、牢の中。

 心の牢の中でひとりぼっちだ。


 そして、その罪人は牢ではなく、神殿の一室にて書を読み暮らしている。

 トゥーラアモンの青馬騒動から、半月だ。

 私は祭司長の指示で、神殿に隔離されている。

 傷を負い保護されているので、捕まっている訳ではない。

 ここは王都の中央神殿、らしい。

 王都へ入る際は、目隠しをしていた。

 なので、かの有名なオーダロンの水晶門は見ていない。

 非常に残念だ。

 神殿へも、深夜だったので外観をよく見ていない。

 部屋に落ち着くまでの間、カーンがずっと抱えていた。

 今、何処にいるのか。

 それを耳打ちしてくれたのもカーンだ。

 何処に連れて行かれようともかまわない。

 とは不安で言えなかった。

 けれど、目隠しで馬酔いが酷いと文句を言えるぐらい、扱いは優しいものだった。

 肝心の審問は行われていない。

 祭司長は、トゥーラアモンの遺骸調査もあり、現地での活動に忙殺されている。

 そしてそのトゥーラアモンに神殿兵長が遣わされ、目処がたつところまで調査を終えたら、今度は腐土に向かう。

 私の体が治る頃に顔を出すとの事で、それまではすべて棚上げだ。

 体を治し、身の内に潜む神への扉に語りかけるのは、その後だという。

 神殿は、特に穢れを寄せぬ力が働いてるらしい。

 人の目には見えぬ、力を建物に加えているそうだ。

 あのフリュデンの呪術陣のようなものだろうか?

 私がここに据え置かれたのも、不要な変化やグリモアの増長を抑える為だ。

 つまり、人同士の争いから引き離す事が主眼だ。

 外からの働きかけがなければ、グリモアもおとなしくするだろう。

 とは、祭司長の考えだ。

 私としては、それに安堵もあるが不安がまさっていた。

 見知らぬ人々、優しく穏やかな時間、居心地は良い。

 はずだが、逆に降り積もる不安が胸を覆う。

 私が一日する事と言えば、歴史の書物を読むことだ。

 神聖教の教義などを読まされるかと思ったが、与えられるのは歴史や地理などの教養書ばかりだ。

 他にすることは、薬を飲み、眠り、食べるだけだ。

 後は、歩く練習だ。

 医師の診断よりも、回復が遅い。

 原野をかける狩人も、今では寝台から窓辺に移るだけでも難儀だ。

 それでも痛みはだいぶ和らぎ、手の震えもおさまった。

 待遇が良すぎて怠惰になりそうで怖い。

 弱い自分が増長しそうで怖い。

 あれも怖い、これも怖い。

 すっかり臆病が板についていた。

 もとより臆病者だった。

 これ以上、無様な人間になりたくないと思う。

 どうやったら、無様じゃなくなるのかな。

 気になるのは、グリモアの沈黙だ。

 神殿に置かれたからだろうか?

 祭司長の言う神殿の神気によって、静まっている?

 そんな代物だろうか?

 むしろ神器に宿っていたナリスでさえ、渡りくると言うのに。

 供物の歩みにそっているから、あえて沈黙しているのではないか?

 馬鹿な考えだ。

 何も自分から苦しい発想を選ぶ必要はない。

 苦しい時は、与えられた部屋の前にある庭に出る。

 そして陽射しを浴びて置物になることにしていた。

 目の前の大理石の塀は高く、美しい彫刻が全面に施されている。

 きっと貴人の為の部屋だと思う。

 でも、人の気配が無くて、少し寂しい感じだった。

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