第719話 人の顔 ⑨
「なるほど。
感染条件は東マレイラ人に限定される訳ですね。
ひとつ、おかしな言葉がありましたが..私の聞き間違いでしょうか?」
「どの部分でしょうか、閣下」
口を挟んだ公爵に、モルダレオは相変わらず淡々と返した。
「健康な細胞が、何に置き換わると?」
「不死細胞です、閣下。
閣下はご存知でしょうか?」
「何をだね」
「改変は重罪、更に関わりし者は極刑となります。
ですが、もっと重い量刑が課される罪があります。
一族郎党どころか、その支配下の民をも処分する刑罰ですね。
浄化は疫病を対象とし、あくまでも病を広げないための処置で限定的です。
それよりも対象範囲の広い刑罰。
重罪を犯した者を出した支配地全体が連座適応となる場合ですか。
その罪をご存知でしょうか?」
それに公爵は無言で頷き、笑みをおさめた。
椅子の背もたれに身を預けると、彼は片手でモルダレオに続けるように促した。
話の帰結するべき場所を理解したようであった。
「不死細胞とは、現在も対処研究が急がれる例の場所にておきる現象のひとつであります。
現在、その原因や機序などは研究中であり、我々が知る事も少ない。
ですが、例の場所から得られた情報の一つに、この不死細胞という物があります。
この細胞は健康な人体の細胞とは異なり、死肉にて増殖する細胞を意味します。
本来、死によって自然に還るべき生き物の細胞とは違い、焼却や酸などで溶解する以外に活動を停止しないという実に奇妙なものです。
死体ではなく生きた肉体にできる病変細胞と、似た部分も見受けられます。
病変の場合、分裂を延々と続け患者の体力を奪い続けて死に至らしめますが、この不死細胞の場合は、死肉にても同じ事を引き起こし、更には不死細胞を存続させるために、そもそもの人の体を別の物に変質させるという、誠に馬鹿げた事を引き起こすのです。
現実の事例が無ければ戯言と処理するところですが、例の場所では実際に起きている現象であります。
さて、この不死細胞を維持するには、膨大な熱量が必要になります。
寄生虫によって変異した者の行動も、これに準じたものと推測できるでしょう。」
理解していない私をチラリと見てから、モルダレオは少し口を閉じた。
公爵も何故か私を見る。
「巫女見習いには、ちょっとばかり手加減してくれ。
あんまり碌でもない話を聞かせると、巫女頭の婆さんに頭をかち割られるからよ」
カーンの言葉で理解する。
女子供に聞かせたくない話の類なのだろう。
私が頭を振るとモルダレオが片眉を器用に上げた。
中々に、珍しい表情だったので、思わず見つめる。
それに彼は口髭を撫でると口を開いた。
「..熱量が維持できない場合は、休眠状態になります。
その休眠状態になるまで、動く獲物を狙い続ける訳です。
変異者の場合、統制は寄生虫が行うため、人の理性は期待できません。
我々のような武装した者ならば対処できますが、民には危険な存在です。
単なる病として処理できないのも、これが理由となります。」
私は傍らの男を見上げた。
「まぁ、そういう感じだ。
野犬の群れっていうより、冬眠あけの熊が里に降りてくるような感じだ。
注意しねぇと危ないって話だ。」
人が喰われるのか。
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