第718話 人の顔 ⑧
それに公爵は、うっすらと微笑んだ。
あの微笑みだ。
美しくそれでいて背筋が凍りつくような恐ろしい笑みだ。
「..続きをお願いします」
「まずは、通常、東マレイラ風土病とされる寄生虫について述べたいと思います。
東マレイラの寄生虫とは、重金属汚染、採掘作業によって排出される化学物質など人体に影響のある物質を体内に取り込み中和、後に死骸は凝固。
これは体内に取り込まれた場合も同じであります。
死骸は毒を内包したまま排泄されます。
また、水中にても同じく重金属等を取り込み、凝固した死骸は一定期間が過ぎると自然発酵、無害な物として土壌に返ります。
実に素晴らしい物であります。
寄生虫は、卵、幼虫、成虫の三変態。
通常、人の体内に取り込まれると卵はそのまま排出。
幼虫、または成虫は寄生をし、人体に蓄積された重金属を取り込みます。
これは閣下もご存知の機序です。
東マレイラに投入された寄生虫は、安定した生態と人体への悪影響を最小限に加工したもので、元々、この土地に生息していた生物を利用しています。」
モルダレオは一旦口を閉じ、ため息を吐いた。そして失礼しました、と謝る。
何を謝るのか、ため息だけの事ではないのだろう。
「さて、閣下も薄々は理解していらっしゃると思いますが、念の為に申し上げておきます。
この改変は、東マレイラへと技術提供された土壌汚染対策のための寄生虫が対象となっております。
そして宿主である東マレイラ人、多くが風土病を軽減する加工、寄生虫適応の為の濾過器官を得た東の住人が標的になります。
異常個体である寄生虫は、その濾過器官から得られる分泌液、本来は人体の炎症を抑える物によって増殖をする。つまり発症する訳です。」
皆が沈黙する中、モルダレオは手元の紙をめくる。
そのペラリペラリという軽い音だけが、室内を満たす。
誰も息をしていないかのように静かだった。
「今回の改変にあたり、寄生虫は宿主を統制下におく為、非常に攻撃的な行動をとります。
まず、己が環境をより繁殖に良い状況へと作り変えていく。
寄生虫本来の宿主の行動に影響を及ぼす以上の干渉です。
この仕組みを簡易に説明します。
まず、本来の成虫は体内にあっても東マレイラ人にとっては無害であります。
それが人体内にて特殊な産卵をするようになります。
これは外部より先導を行う物質を宿主が摂取すると始まります。
産卵が始まり、卵は更にその先導物質によって特殊な個体の幼虫へ孵ります。
これは通常の東マレイラ風土病をおこす幼虫ではありません。
この幼虫はまず、濾過臓器である加工臓器へと到達。
この加工臓器は、本来はその幼虫が出す病原物質を濾過、炎症を抑える分泌物を生産します。体外排出を促すのも、この分泌物の役割ですね。
しかし異常個体の場合、この分泌物を餌にして異常個体の卵だけを産む成虫へと変態するのです。
つまり、外部からの干渉なく、特殊個体が産卵するようになるのです。
この時点で宿主は感染状態となります。
ここから発症状態になるのには、再び別の特殊な先導物質や外的要因が必要となります。
ただ、外部からの働きかけが無い場合でも、体外排出の司令が変質し、脳幹到達に書き換わるという事例もありました。
何れにしろ、幼虫は成虫へと変態し、脳と生命維持部分に寄生、宿主への攻撃を開始します。
この攻撃は宿主を完全な支配下に置くための行動です。
宿主、寄生虫の住環境を整えるべく健康な細胞を糧に、不死細胞を量産するのです。
解剖事例とアッシュガルトにて確認された感染者の報告書の写しは、後でお持ちします。
報告書は先に中央幕僚と元老院、及び公王陛下へ同じものを送付済みであります。
また、実証実験に参加した医学者の氏名一覧も最後に記されていますので、そちらも後で確認をお願いします。」
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