第59話 鈴

「俺の懐に鈴がある。ジグで渡された鈴だ。取り出してくれ」


 服の隠しから、銀の鎖を通した鈴を見つけた。

 水仙の花のような形の、薄紫の小さな鈴だ。


「それをお前にやる」

「これって、その男がくれたんだろ?」

「あぁそうだ。人殺しの魔物みたいな奴の鈴だ。けどな」


 きっと、お前に教えてくれる。

 何が大切かってさ。


「どういう意味だよ」

「鳴らしてみろ」


 言われるままに揺らす。

 チリンと可愛らしい音がした。

 チリン、チリンと鳴らすと、何故か胸が苦しくなった。


「きっと、それはお前に幸せの意味を教えてくれる。」

「いらないよ、気味が悪い」

「生きているお前には必要だ。

 それがあれば、公爵の隷下には喰われない」


 ハッとして顔を見る。

 彼は、ニヤッと笑った。


「それがお前を区別する。

 お前は喰ってはならないと。

 だから、それをもって東を向いて歩くんだ。

 出口は東に、鈴を持って行くんだよ」

「一緒に行こう」

「こいつらを置いてか?」

「皆、一緒に行こう。爺達も待ってる」

「もう、わかっているだろう?俺達は、もう、とっくに土に還らなきゃならないんだよ」

「でも」

「俺達の事は忘れるんだ。とっくに墓もあるんだろう?空っぽの奴がさ」

「帰ろう、帰ろうよ」

「碧い色の道を選ぶんだ。下り坂に見えても、碧い道なら帰り道だ」

「道の色なんかわからないよ、なぁ、爺達に合流すれば何とか」

「ならないよ」


 彼は下がるように言うと、瞼を閉じた。

 青白い顔から表情が抜ける。

 再び開いた瞳は、人のモノではなかった。

 カーンの獣面ではない。

 瞳は溶けて、淀んだ緑色の複眼になっていた。

 その口元には、あの骸骨兵と同じ、奇妙な舌が垂れている。


「サヨナラ、ダヨ」


 私は、どうしていいかわからずに立ち尽くした。


「アエテ、ウレシカッタ。

 オレタチ、ハ、カエッテ、キタンダナ」


 ぽつりとこぼした姿は、見る間に奇っ怪な姿に変化した。

 肌は鱗がたち、髪は焼けただれたように縮れた。

 そして、クタリと力が抜ける。

 呼びかけても、他の四人と同じく、何も答えなくなった。


 チリン、と、鈴が鳴る。


 もしかしたら、この鈴が、最後の人間らしさを引き留めていたのだろうか。

 だとしたら、語られた公爵の意図は何だったのだろうか?

 小さな逆心を育てる意味は?

 そして囚われたとしても、彼らは男を恨んではいないような気がした。


 チリン、鈴が鳴る。


「いらないよ、返すよ、だから」


 返事は無い。

 薄い紫色の花の鈴。

 首から下げると、悲しくなった。

 私は、暫く動けなかった。

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