第18話 死面

「..気に入らねぇ、何で俺の時は無視したんだ、こいつ」


 気になるのは喋ることよりも、相手にされなかった事らしい。

 豪胆な事だが、返事が返るのも嫌そうだ。


 (我、愚か者にかける言葉なぞ欠片も無し)


「帰ったら炉に焚べてやろう」


 ぶつぶつと文句を言う頭目、改めカーンから意識を戻すと、私は尋ねた。


「鷹の爺のところへ行きたい」


 (その者を知らず)


 との答えに、カーンが返す。


「五番目と一緒にいる辺境伯とその連れの事だ」


 (ここより、地下に)


「入り口は何処だ?」


 カーンの問いに、それは沈黙した。

 彼は舌打ちをして、私の肩を引き寄せた。

 ぎりぎりと握られた肩の骨が痛い。

 あたるなら、鏡にして欲しいものだ。


「聞いてくれるか、ガキ以外だと臍を曲げやがる」


「..入り口はどこ?」


 (ヒトガタの六)


 それに控えていたカーンの部下が壁の煤を端からなぞる。

 すると、その1つ、煤が剥がれ、丸い紋様が岩肌に見えた。

 砂色の複雑な紋様が刻まれ、小さな円を描いている。

 表面の彫刻は、動物や人が細かく刻まれ、頂点には花と蔦が絡んでいた。

 丁寧に表面の汚れを拭うと、カーンの部下が振り向いた。


「岩肌に直接彫ってあります。特に仕掛けも見当たりません。火薬で吹き飛ばしたところで、この奥に空間があるかどうか」


 カーンに引きずられながら、又も壁に顔を突きつけられる。


「こいつは何だ?仕掛け扉か」


 私に聞くほうが間違っている。

 そもそも、森を案内するだけだ。

 案内し、この罰当たりを連れ帰るだけの事だ。

 それが難儀な事なのだが。

 連れ帰る必要がそもそもあるのか、まぁ村の為には村に連れ帰らねばならない。

 そんな事を考えていると..


 死者の宮に出口なし

 招かれるは亡者のみ

 宮は悪鬼が集い

 女は四人の番人に会う

 苦痛 恐怖 絶望 そして慈悲

 選んだ者だけが見えざる出口をつくる

 欲望は番人へと招待される

 故に強く願えば扉となる


 ここまで囁くと顔は声を消して、口だけを動かした。

 そう、確かにナリスは、私に向けて囁いた。


 森の娘よ

 この獣は、悪鬼に勝るが、欲には負ける

 宮の番人は、さぞや喜ぶであろう

 だから、置いて逃げるがよい

 誰も、お前を責めはせぬ

 お主一人なら、冥府を戻るも容易いこと


 一人なら


 智者のナリスは、そうして唇を笑みの形にした。


 ようやく私は実感した。

 私は、死者の言葉を聞いたのだ。

 寒々しく悍ましい。

 私の考えが伝わったのか、それは笑い顔のまま板に沈んだ。

 とぷりと池に沈む魚のように。


 そうして鏡は沈黙し、私の足元も消え失せた。

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