第19話 地下道
一瞬の目眩、そして浮遊感。
薄い紫の光りが足元に降りていく。
それは壁の紋様と同じ円を描いていた。
私とカーンは、薄暗い場所に立っていた。
私達、二人だけだった。
穴の底ではない。
足元には明滅する円。
低い天井に、背後は壁。
前方には闇へと続く地下道。
背後の壁を探ろうとして、カーンに引き止められる。
壁際の床の部分がない。
覗くと底の見えない穴が開いている。
私は慌てて、智者の鏡を掲げた。
「出口は!」
(供物は捧げられた)
思わず隣りの男を見上げた。
私の焦った様子に、男はニヤニヤと笑っている。
そんな場合ではない。
「やっと面白くなってきたな、で、獲物は何処か聞いてくれ」
どちらも、おかしい。
「爺達は、何処?」
(宮の底)
「下ればいいのか?」
(亡者は、いずれも招かれる)
もう嫌だ。
と、思い、鏡をカーンに返そうとした。
だが、男は既に、嬉々として道を進んでいく。
呆然と見送るも、どうしようもなく後を追う。
一度振り返る。
すると闇の中に薄ぼんやりと紫の光りが見えた。
あれから元の場所に戻れないのだろうか?
(あれは呼び込むだけだ)
聞いてもいない答えに、うんざりとする。
考えを読むのか?
ここは魔が満ちている
故に、我の力が増す
それは触れた人も同じ
魔に触れたモノは変化する
変化?
我はグリモアの欠片
グリモアは狂気の主の物
狂気の主は宮の王
王は完全なる形を創る
創られし形は番人が護る
番人は常に静寂の中にあり
それは怠惰であり虚無
彼らはそれに浸り常に求める
絶望、苦痛、恐怖
番人は常に求める
故に、変化を望む
人は死者の宮に行きて入れば
彼らを迎えるべく生きたまま変わるのだ
あのように
饒舌なナリスの口上が途切れた。
前を行くカーンの歩みも止まる。
道の遙か先に、薄ぼんやりと見えた。
細長い白い影。
目を凝らしても、それが何か判別できない。
天井すれすれの大きなモノ。
先行するカーンがゆっくりと剣を抜いた。
少なくとも、友好を結ぶ相手では無さそうである。
見るだけで怖じけるような金属の塊が引き出される。
斬るというより叩き潰すのが似合いの両刃の大剣だ。
普通の人族や亜人の類では、引き抜くのさえ一苦労しそうだ。
慌てて、その剣域から身を離す。
あんな物で殴られたら頭が飛ぶ。
気持ちの悪い出来事より、怖い。
散歩のように歩み寄る背中から、そっと距離を置く。
すると前方の闇が揺らぎ、敵意が届く。
カタカタと鳴るのは何だ?
カタカタと、白い骨が身震いをした。
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