第412話 木の葉の船 ④

 たまたまかも知れない。

 食堂を見回す。

 天井に引き上げられた灯り。

 今は使われていない。

 柱にも据付の灯り置きがある。

 食卓には真鍮の蝋燭立だ。


「どうしたのです、ヴィ?」


 クリシィの声に、ハッとする。

 再び、考えにふけっていたようだ。

 それに返事をしようとしたが、不用意な事を言いたくなくてとっさに黙る。

 自分の考えばかりに囚われているのは、愚かで臆病な事だ。


「巫女様からも言ってください。

 きっとお残しの理由を探しているんですよ。

 朝ご飯も残したでしょ。

 時間をかけてもいいんだから、少しづつ食べるのよ。

 これ食べてみたら絶対美味しいんだから。

 蜂蜜とお砂糖も入ってるし、食べやすいはずよ。」


(助け舟だ。

 やっぱり、ビミーネンに感謝だね。

 僕達の主を助けてくれた!

 この記録は残して額縁に飾っておくよ。

 ふふっ、冗談さ。

 まぁ気のせいだよ。気の所為。

 さぁ、そのお皿に山盛りの料理に集中するといいよ)


 ビミンが大きく切り分けてくれた林檎の包み焼きを睨みながら、私は思わずため息をついた。

 全ては終わった事である。

 神官様は安らかな場所へ向かわれた。

 些細な違和感に騒ぐ事は無い。

 私の臆病な心が余計な考えを並べているのだ。

 少しづつ料理を削り取りながら、私はその些細な違和感をどうにかしようとした。

 けれど、その些細な違和感は彼らも認めているのだ。


(なぜ打ち消そうとするのかなぁ。

 気の所為だろ?

 僕達の所為だろ?

 だったら、君は美味しい食べ物だけに集中すればいいのさ。)


「手が止まっているよ。

 ビミンでは無いが、ゆっくりでいいから食べきりなさい。

 次の食事に回さずに、それは栄養分が多い。

 夜は軽く消化の良い物を娘に作らせるから、多少、食べすぎても大丈夫だ。」


 と、ニルダヌスに声をかけられる。

 私に話しかけるのは、始めてかも。

 残す意図を見抜かれての声掛けに、少し苦笑いがもれてしまった。

 あらゆる意味で、観念した。

 もそもそと料理を口に運びながら頷く。

 なるようにしか、ならない。

 それこそが真実である。

 分裂した思考に意識を取られていると現実が見えなくなる。

 その方が問題だ。

 そう結論して、こね回していた考えを放り投げた。


(じゃぁその考えを少しだけ整えようか。

 あの部屋の暖炉が使われていなかった理由は簡単だ。

 神官が利用していたのはだったからだ。

 だから、彼は利用していないし、綺麗なままだ。

 つまり、君の考えすぎだ。

 でも、これは安心材料にはならない。

 なぜなら、夏であの部屋で寝起きする利点が浮かばないからだ。

 あの部屋の風通しの悪さと湿気具合は、夏場では非常に不快で落ち着いて寝られやしない。

 じゃぁ、あの部屋、薄暗くて灯りも置かれていない真っ暗な部屋を利用するだろう?)


 放り投げた考えが戻ってくる。


(答えが浮かんだかな?

 あの部屋は外への出入り口の直ぐ側だ。

 中の人間、管理番の家族に出入りの動向がバレにくい。

 そして窓の外はすぐ壁で、窓からの侵入者を警戒しなくともすむからだ。)


 気の所為だよ。


(まぁね)

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