第184話 死にあらず ③

「ご存知でしたか」

「噂話ていどですが。」

「政治的な判断は、侯爵が最終決定を出していました。

 ですが領内の行政運営判断を、侯爵の弟閣下が代行なさり何ら問題はありません。」

「問題は無いが、不満はある」

「廃嫡子たるレイバンテールが納得しなかったとし、指導者として上にたったとしても、氏族での賛同が得られなければ支配者におさまる事は無理です。」

「無理が通される状況は簡単ですよね。

 治める者が尽くいなくなれば良いのですから。

 中央は誰が支配者に収まろうとも、特段叛意はんいがなければ良いのですから」


 サーレルは、未だに腰もおろさず、窓から外を見ている。


「色々、ご存知のようですね」

「公然の秘密でしょう。領民などはとうに察しておりますよ」


 そういう意味ではないのだろう。

 ラースは唇を噛んで、言葉を呑んだ。

 それには言外の意を汲んで、サーレルは肩を竦めた。


「侯の御子息がお亡くなりとは存じませんでした。

 古き血の方々は、死を認めるにも時間がかかるのでしょうか」

「隠していた訳ではありません。

 おっしゃる通り、古き血の者は、死を確認するのに手間がかかるのです。とてもね」


 居心地の悪い思いが顔に出ていたのか、エリと私を見ると彼は薄く微笑んだ。


「まだ、正嫡子はおいでなのです」


 サーレルは振り返ると、口を開こうとしてから一旦閉じた。


「感情的な、という意味ではありません」

「と、言うと?」

「子供にはあまり聞かせたくない話です」

「どうします?」


 サーレルからの問いに、私はエリを見た。

 エリは、自分の耳を指さした。


「そうですよね。

 子供だから?なら、街から出ていったほうが安全だ。

 それに秘密だと思っているのはかも知れない。」


 それに今度はラースが唇を引き結んだ。


「我々をにするのなら、内緒話は止めたほうがいいですよ。

 どうせ無駄ですしね。子供だからと容赦してくれる相手なら別ですが」


 ラースの顔には様々な思いが浮かんで消える。

 たぶん、善良な部類の者なのだ。

 しかし一瞬で感情を消すと、彼は喋りだした。

 彼の声はとても優しげだが、話は少しも楽しいものではなかった。


「血を抜かれ息を止めたとしても、死んだ事にはなりません。

 トゥーラ・ド・アモン・アイヒベルガーの子の死とは、長命種族として死んだと確認されるまでは、生きているのです」


 サーレルは一瞬、目を見開いた。

 そして、納得する話だったのか、深く頷くと再び窓の外へと顔を向けた。


「血を抜かれても、朽ちねば死とは認められません。

 長命種の死は、貴方方の死とは違う事をご存知ですか?」

「仕事柄、一応知ってはおりますよ。

 長らく生きた御方は、死して直ぐに砂に。

 若くしてお亡くなりの方は、死した後、数日後に砂に。

 死の原因によっても、部位ごとに残る方もいれば、幼ければ朽ちる事無く乾びる事も。

 乾びて砕けるというのが、私の認識です。

 だから、首を狩るのは至難の技。特別な薬と容器を持ち込まないといけないのですよ。」


 最後は私に向けて、サーレルは言った。


「だから、証拠が残る事が少ないので、長く生きた方々の争いは苛烈になりがちなんですよ。何しろ、後始末が簡単ですから」





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