第44話 境界 ③

 意味のない悲鳴がもれた。


 嫌だ、怖い、一人になりたくない。


 目の端で、振り上げられた剣が光る。

 カーンは、男を斬った。

 ざっくりと斬られた男が笑う。

 満面の笑み。

 そして、消えた。

 男の長衣だけが、その場に落ち。

 カーンは、台座に据えられた男に向き直る。

 鮮やかな手並みは変わらず、見事に首が落とされた。


 それは、ほんのひと時の事。


 私は広場に降り立ち、爺たちの方へと走り寄ろうとし。

 昏倒した男達は呻き。

 鮮血は溢れ、溝に流れる。

 風は突然止み。

 カーンは、始末した首を掴んだ。


 それは、ほんのひと時の事だった。


(娘よ、輪から出よ)


 言葉が届く。

 またも意味がわからない。

 走り寄ろうと藻掻き、ひと時が長く引き伸ばされる。

 爺たちの元へ。

 皆、いる。

 領主は蒼白だが息はある。


(贄の輪だ)


 爺たちを揺り動かす。

 何とか起き上がらせた。

 はやく、はやく立ってくれ。


(下を見よ)


 溝がある。

 輪だ。

 溝は円を描いている。

 台座から放射状に溝が伸び、端にて輪に繋がっていた。

 広場は円を描く溝に縁取られている。

 自分の足元、ここは、輪、の中だ。


 私は爺たちを背負い、一人づつ輪の外へと運ぶ。

 力の抜けた人間は重い。

 一人、二人、運ぶと息があがった。

 けれども、鷹の爺と領主を残して、狩人達は輪の外へと動かせた。

 最後、鷹の爺を運ぼうとしたら、領主を先にと怒られる。

 怒る元気が出てきたようで、私も動揺が小さくなった。

 領主もなんとか立ち上がる。

 爺と領主、二人を支えながら輪の外、壁際へと歩いた。


 そう、ここまでは間に合った。


「輪の中に入ってはいけないそうです、帰り道は」

「わかっている。だが、戻れない。なぜ、お前が来た」

「彼らは追手がかかっています」


 それに領主は口を開き、一度閉じた。

 それから口元を歪ませた。


「お慈悲を願わねば」


 領主は私を見ると、小さく笑った。


「それは」

「お前と爺達は戻るんだ。必ず、生きて戻らねばならない」

「御館様、何を」

「決めていた、もう、覚悟はできている」

「何を」


 わからない話に、鷹の爺を見る。


「お前は知らなくていいんだよ。爺もここには来なかった。

 誰もここには来なかった。

 私と愚かな罪人が、ここに帰ってきただけの話だ」

「爺」


 領主の言葉に、鷹の爺も他の狩人も無言だ。

 壁際にへたり込む村の者達は、皆、悲しい顔だ。

 私を見て、領主を見て、悲しい、顔。


「昔から、ずっとそうしてきた」

「なに」

「出入り口は、崩して埋めるんだよ。オリヴィア、きっといずれは良き事がある。お前だけは救われて欲しい」

「いって」

「我らを許して欲しい」


 そう言って、領主は私を押し出した。

 輪の外へ。


(娘よ、目を閉じろ)

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