第45話 境界 ④

 その忠告には従えない。

 輪の中には、未だ人がいる。

 倒れ伏す人々とカーンだ。

 石の台では、首を袋に詰める男。

 その彼を逆賊と罵り、這い寄ろうとする男達。

 未だ、消えた男を頼りにしているのか。


 何がおこる?


(血がたりぬ、故に来る)


 何が来る?


(宮の主が眷属けんぞくどもが、愉悦ゆえつと快楽を与えに)


 私は、逃げよと彼らに声をかける。

 だが、私の声は届かない。

 再び、呪いの風が私を包んだからだ。


「行っては駄目だ、さぁ、爺達と行くんだ」


 異変を知らせようとするも、領主が再び輪の外へと私を押し戻す。


「あの男は中央の追手です、彼こそ逃さねば」

「構わない、ここを閉じれば終わる」

「あの男を探して、更に兵士が来ます」

「沼に沈んだと言えば良い」


 それは無理な話だと、誰もがわかっている。

 だからこそ、ここまでよそ者を案内した。


「儂が行くよ、ヴィ、さぁ戻りな」


 ふらつく鷹の爺では、間に合わない。

 押し止めると、私はカーンに手を振る。

 気がつかない。

 うずくまる兵士の一人、その胸ぐらを掴んでいた。


(来るぞ、目を閉じよ)


 半歩、私は輪の外にいた。

 私は、目を閉じる代わりに、振り返った。

 私を押し出す手首を握る。

 半歩、私は身を入れ替えた。

 驚く皆の顔。

 鷹の爺や、馴染みの村の皆、そして御館様の顔。

 片足が足場を失い、私は後ろに倒れていく。

 急の事なのに、何故か、ゆっくりと視界が回る。

 爺たちが手を伸ばす。

 へたり込んでいた者も、皆、中腰になり。

 領主は、私に突き飛ばされた格好で、振り返りながら叫んでいた。

 天井が見える。

 落下していく。

 どんどん光りが小さくなり、何処とも知れぬ場所へと落ちていく。

 領主は贄の輪の縁で、叫んでいる。

 何と叫んでいるのだろうか。

 怖いけど、怖くない。

 だって、残す方が怖いから。

 私は落ちていく。

 手だ。

 カーンの斬った手が、闇と一緒に私を囲む。

 何だ、私も帰るのか。

 もとより闇の中に一人いた。

 だから、帰るのだ。

 私は、言われたとおり、目を閉じた。


 ***


 寒い。

 目を見開くと、薄闇が広がっていた。

 石畳の上に倒れており、体が冷えている。

 一人だ。

 上を向くと、遥か遠くに岩肌の天井。

 そこに穴は見当たらず、落ちてきた様子はない。

 五体に不具合は無い。

 打撲も擦過傷も無く、致命の傷もなかった。

 落ちて柘榴ざくろのように弾けていない事も不思議だが、そもそもあの広場の下ではない。

 見た限り石の街並み、建物の路地だ。

 ここは何処だ?

 と、確認するより前に、無音の場所に恐ろしさがこみ上げる。

 自分の息遣い以外、何の音も揺らぎも無いのだ。

 ここは何処だと言葉を発する事もはばかられる。

 気配と動きに注意しながら、そっと建物の壁へと這った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る