第46話 蟲

 街灯に灯りは無く、人影も無い。

 放棄されて久しいが、見た限り朽ちてもいない。

 どれも石造りだが、往時の様子を保っている。

 意を決して、側の家の窓に近寄った。

 窓には布が下がり、入り口の扉は木だ。触ってみても朽ちてはいなかった。


 家々を見て回る。

 様式は見慣れないが、普通の民家に見えた。

 最初に見た古代語のような紋様が、所々にある。

 装飾なのだろうか?

 その割に、水場や食料を置いてあるような場所が見当たらない。

 不自然な街並みだ。

 人が暮らすには、多くがたりない。

 井戸も見当たらず、まるで墓所の装飾のようだ。

 作り物の石の街。

 石造りの大きな霊廟に彫られた、あの装飾のようだ。

 そう考えると、薄気味悪さが増した。

 大きな墓所。

 街ではない、のかな。


 狭い路地から大きな通りへと向かう。

 相変わらず、耳が痛くなるような静寂だ。

 道は二股にわかれて、その大きな通りへと続いていた。

 その分かれ目に建つ建物を覗く。

 窓には薄い硝子が嵌め込まれていた。

 硝子は貴重だ。

 透明度の高い硝子なぞ、領主館にでさえない。

 濁った薄緑の硝子を集めて窓にするぐらいだ。

 それも冬の厳しさから、領主館の内窓だけである。

 このように、薄く透明な物は見たことがない。

 表面に映る自分の影を見て、ハッとする。

 その影の奥で何かが動いたような気がしたのだ。

 私は小刀を抜くと、扉に手をかけた。


 ***


 鈴の音がした。


 静かな店内に半身を入れて、中を伺う。

 誰もいない。

 扉を大きく開けると、足音をたてないように静かに中に入った。

 店内の陳列棚には、紙が積まれている。

 1枚取ると、びっしりと文字が書かれている。


 紙は貴重だ。

 朽ちずに残っているのだから、これを置いた者は、遥か昔のナニカではない。

 ここまで、薄く斑でもない品物は知らない。

 裕福な商人、貴族なら手にしているのかもしれない。

 公文書に使うのが精々か?

 都の貴族なら当たり前なのかな。だとしても、ここでこんな物が残っているのは変だ。

 書かれているのは知らない文字だ。

 読めないのが惜しい。

 紙を戻すと、店内を見回す。

 会計をする机が奥にある。

 様々な小物が並んでいた。

 硬貨に何かの小鉢、筆記具は真鍮か?

 帳簿のような物が開かれたままだ。

 ついさっきまで誰かがいたような様子。

 だが、墨は乾き、硬貨には埃が積もっていた。

 それでも過去、そんな遠い過去ではないと、それらは主張している。

 紙なぞ一番保存が難しい品だ。

 机の後ろには、布が天井から下がっている。

 奥は住居だろうか?

 私は、そっと布をめくった。

 深い緑の、天鵞絨。

 これも良い品だった。


 チリン、と、何処かで鈴が鳴った。

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