第47話 蟲 ②

 その奥は、室内ではなかった。

 建物に囲まれた空き地、建物の背面がつくった隙間だった。

 小さな四角い空き地は、中央に女性の石像があり、緑の木々のかわりに、金属の草花が置かれている。

 金属で草花を模した置物だ。

 太陽の無い世界だからかな?

 空き地は建物に囲まれて、天井だけが開いていた。

 囲む建物には窓もなく、入り口は店の所だけだった。

 息が詰まる用な気がした。

 こんなところに人が?

 いや、いるわけがない。

 たぶん、人、はいなかった。

 水を飲み、陽の光りを欲し、動植物から糧を得るような、人、はいなかった。

 どうみても、天災によって地下に閉じ込められたのではない。

 もともと、この薄暗い闇の中をくり抜いて、暮らしていたのだろう。

 空気の流れはあっても、オルタスの人では、生きていけない。

 噴水も水場も無い。

 必要としないモノがここで暮らしていたのだ。

 カーンが言う地獄というのは、強ち間違いではない。

 棚の位置や扉の大きさは、人族の大きさだ。

 だから、人間の街だろうと思っていた。だが、この小さな空間に鎮座するモノを見て、考えを改めた。

 これが実際の住人を模したモノだったとしたら?


 見上げる石像は美しい体をしていた。

 女性の豊かな胸、ほっそりとしてなよやかな足。薄物を纏う女神のようだ。

 芸術に疎い田舎者でも、それは神殿に奉納されても良いほどの、素晴らしい立位像だとわかる。

 ただし、その首から上は、人ではない。


 蟲だ。


 うねる髪が風に靡き、それは今にも動き出しそうだ。

 顔半分を複眼が占めている。

 これに似た蟲は、蜻蛉かな。

 両手、いや、前足は水掻きがついた蛙のようだ。

 美と醜が混じり合い、芸術性よりも悍ましく感じる。

 怖い。

 目が離せずに、それを見上げる。


 と、又、鈴の音がした。


 微かに、チリンと何処かで。

 私は石像から目を引き剥がすと、店内に戻った。

 静かだ。

 私のたてる物音以外、何も聞こえない。

 だが、どこからか、チリンと微かな音がする。

 店をでると二股の右側の道に進む。

 駆け出したい気持ちを押さえ、歩きながら泣きそうになる。

 もう、こんな場所は嫌だった。

 ただ、このまま帰っても、悪夢は続く。

 きっと終わらないと思った。

 我が家に入り閂をかけ、布団の中に潜り込んでも、きっと悪夢は追いかけてくる。


 森の奥には穴があり、化け物がいるのだ。

 墓石のような街が広がり、首を狩る男や、斬られると煙のように消える者がいる。

 私の知っている世界は死んでしまった。

 もう、元の暮らしには戻れない。

 そう思った。



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