第48話 はじまり

 少し上り坂になり、見晴らしの良い場所に出る。

 広場だ。

 石の像が散在し、金属の花が置かれている。

 その石像は、様々な男女の姿を描いていた。

 何れも、あの空き地の物と同じ姿だった。

 石碑らしいものが点在し、文字が刻まれている。文字は相変わらず読めない。

 もしかすると、墓なのだろうか?

 鈴の音は、ひときわ大きな石碑から聞こえた。

 誰かいるのだろうか。

 同じく落とされた者の誰かか?

 白いたくさんの石碑が並ぶ間を抜ける。

 そして、確かに、いた。


 静かな街に、大きな墓場のような場所で、私は困惑し立ち止まる。


 そこにいたのは、五人の男女。

 困惑したのは、私が彼らを知っていたからだ。


 ***


 彼らは、戦争で死んだ。

 村には、そう連絡が来ていた。

 二人の女性と三人の男。

 徴兵されて、いずれも村から戦争へと向かった者たちだ。

 当時、若者だった彼ら。

 顔立ちは変わっていない。

 いずれも、石碑に括り付けられていた。

 両手両足は、鉄の輪で固定されている。

 生きているのか、死んでいるのか。

 それぞれ目を閉じて、俯いていた。

 私は、何一つ理解できずに立ち尽くす。

 国からは、彼らは死んだと告げられていたのだ。それももう、十年以上前の話だ。

 こんな場所で会うとは思えない。

 本物か?

 これは私の幻覚か?

 どれほど私は立ち尽くしていたのだろうか。

 左端の男が顔を上げた。

 彼は虚ろな目で辺りを見回した。

 そして、私を認めたのか、驚き目を見開いた。


「あぁ、なんて事だ」


 粉屋の次男だ。

 記憶の中の快活な表情は無い。


「覚えているよ、ヴィ。

 森の娘、優しい子。

 どうしてこんな場所にいるんだ。

 早く帰りなさい。

 見つかる前に、早く」


 幻覚なのか、それとも本当に生きていたのか。

 私は恐る恐る近寄ると、拘束具に手を伸ばした。


「無駄だよ、これには魅了の言葉がかかっている」

「魅了の言葉?」


 鉄の輪には、継ぎ目も鍵穴もなかった。


「それより、どうして生贄の間にいるんだ。

 村は無事なのかい?」

「生贄って」


 混乱する私を前に、彼はゆっくりと言い含めるように続けた。


「少し、話そう。出口も教えるから」


 拘束具を破壊しようと硬い物を探す私に、彼は笑った。


「いいんだよ、俺達はもう、死んでいるんだから」


 ***


 村を出る時は、帰ってくることだけを願ってた。

 徴兵だって、自分から税の免除の為に志願した。

 ほら、俺達が兵隊になった年は、冷害の年だったろ?

 次男三男は、下働き程度に考えて出ていった。

 馬鹿だったよな、本当に馬鹿だった。

 それでも人は慣れる生き物だ。

 俺達は何も考えなくなった。

 何も考えない。

 だから、時々、きつい冗談で紛らわす。


 俺達は、死んだ事にも気がつかないんじゃないのか?ってね。


 

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