第227話 命の器 ⑤

「生気をとりこめば、不老不死になるのか?

 答えは、否だ。

 貴方の肉体は、短命種だ。」

「違うわ、私は」


 スッと冷徹な思考が流れ込む。

 グリモアの力が私を巡った。


「黙れ。

 呪術師は最初に教えたはずだ。

 命に永遠は無い。

 それはこの世の理だからだ。

 第一の原則であり、普遍の事だ。

 命は尽きて巡る事が理としてあるのだ。

 これは陽が上り沈む事。

 天と地が分かたれている事と同じ事だ。」

「永遠じゃなくてもいいのよ、私は、ただ」

「愚か者にもわかるように言おう。

 生き物には、命の器がある。

 鳥にも魚にもな。

 お前は虫だ。

 虫のお前は、鳥の器が欲しいと考えた。

 だが、虫に鳥の器を与えられるか?

 そもそも大きさも形も違う。

 虫の小さな酒坏に、鳥の大きさの器は入らない。

 わかるか?無理なのだ。」

「何を言っているの」

「はっきり言わねばわからぬか?

 オルタスの文明の中では、人とされる複数の生き物がいる。

 彼らは近似種である。

 混血できる程の親しさだが、同じでは無いのだ。馬鹿にもわかるように繰り返そうか?同じではないのだ。」

「わからないわ、何を」

(わかりたくないって事だね)


 グリモアの嘆息と共に、私の言葉が戻る。


「奥方、寿命が人種で違うのは、そもそも、あるべき臓物が奥方には無いのだ。

 だが、奥方にはこの医術的な知識は受け付けないと見た。

 だからもっと違う見方の話をしよう。

 うすうす、今は気がついているだろう?」


 彼女の顔から表情が抜け、かわりに人面がニヤニヤと嗤った。


「人には、命の酒盃がある。

 酒盃に注がれた酒が、寿命だ。

 生きた分だけ減っていく。

 奥方は、こう考えた。

 呑んだ分だけ、おかわりをすればいい。

 どこからもらおうか?

 奥方はフリュデンの呪術方陣に目をつけた。

 これは水の流れや自然の生気を利用した物だ。

 元々、人の生気も利用できる仕組みだ。

 奥方は街の住人から生気を流用するよう手直しをした。

 だが、足りない。

 吸いすぎれば、住人が全部死んでしまう。

 次に、人を集めた。

 反乱か果樹栽培や酒造の為に人を集めたのかは知らないが、多くの人を集めた。

 この地下に入れたんだろう?

 それでも足りない。

 どうせなら、婆様や故郷を始末して、その時に使われる呪術を流用しようとした。

 そして、成功した」

「えぇ、成功したわ」


(因みに、長命種の臓器を短命種の臓器に移植したら、萎縮して腐っちゃた。不思議なのは、拒絶反応が移植先にはでない事なんだよね。

 だからオルタス最先端の欠損治療は、再生治療なんだ。

 それもあってね、混血の法則は実に興味深いんだ。もっと詳しく調べたいんだけど、はいはい、黙るよ)


「そうですね。

 今、貴方はオルタスの人間種ではない。

 永遠に生きられるかも知れませんね。

 もう、人間ではないのですから」

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