第228話 命の器 ⑥

「貴方は大量の酒を手に入れた。

 これで、ライナルト卿と同じ寿命を手に入れたと喜んだ。

 だが、実際は違う。

 命の器は、生きた分だけ小さくなる。

 だから、貴方の酒盃はいつもいっぱいだ。

 器の中身が減るんじゃない。

 器が小さくなっていくから、いつも満杯だ。

 命の器は生気を取り込んだからと大きくならない。

 さて、奥方は大量の酒を呑んだが、若返って長生きができるかな?」

「器をどうにかすればいいの?」


 愚かな問いだ。


「貴方は、もうできているじゃないか。

 大量の酒を注いで、器を変えた。

 命の酒盃を変えた。

 だから、もう人ではない。」


(不死とは、理の逸脱だ。

 故に、人ではない。

 当たり前だ。

 他の生き物から、生気を奪って生きる生き物は何だ?

 化け物だ。

 不老不死に近い長命種とは何か?

 薄く大きな命の器をもった生き物だ。

 だが、それだとて最後は死ぬ。

 臓器の違いと一言で言えば、本来なら簡単に理解できる話だ。

 なぜ、理解できなかったのだろうか不思議だよ。)


 エリという実例を見てしまったからだじゃないかな。

 それに人体を解剖し、外科的な治療を施すような医療は、地方では無いんだよ。


(因みに、僕が解剖したところによると、長命種は獣人とは別種の濾過臓器が内臓にあるんだ。

 これが老化や病毒抵抗を著しくあげて、寿命を伸ばしている。

 死後、砂や灰状に崩れるのは、この臓器が働かなくなる為だ。

 死因や年齢で、崩壊の状態や時期が違うのは、これが原因だね)


 呪術を使う超常的な代物からの、現実的な補足に、思わずため息が出る。


「それに婆様の呪術方陣は、盗人への呪いです。

 貴方は、自分が呪われないとでも思っておいでか?」

「だって、私は何もしていないわ」

「私はシュランゲの約束を知らない。

 だが、そうした古い約束は、多くが指定範囲を大きくしていると聞きました。

 これも簡単に言いましょうか?

 親兄弟、末代、そして一族郎党、縁者まで、効果範囲は、対価が揃えば無限に広げられるのです」


 奥方は、夫と同じ表情を浮かべた。

 口をぽかんと開く。

 子供のようだ。

 子供のような人だったのだ。

 だからこそ、グーレゴーアは愛し、幼友達はずっと嘘を許してきた。


「だって、私は何もしていない!

 殺したのはグーレゴーアよ。

 村の連中だって、半分は自分たちが手を下した。

 自業自得でしょう?

 私は、ちょっと喋っただけよ。

 何もしていないもの、何も」


『私を捨てたのは、お母様でしょ?

 お父様がおかしくなったのも、お母様がずっと泣いていたから。

 薬をすり替えたのは、お母様だったの知ってるよ。

 皆の仲を悪くしたのも、お母様が喋った嘘のせいだったしね。

 いつも、見ていた。

 私は見ていたよ。

 私のお友達を、たった一人の優しい友達も井戸に投げ入れた。

 私と皆は、エリカに謝った。

 代わりに絶対、許さないって謝った。

 エリカはいいよって、言ってくれた。

 エリカは、別にいいよってね。

 皆、自由にしていいよって。

 でもね、私達は、自由になんてならなくていいの。

 エリカこそ、自由でいいんだ。』

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