第229話 命の器 ⑦

「私は被害者よ。

 こんな暮らしをする為に、村から出たんじゃないわ。

 あいつらが死んだのだって、自分たちが勝手に身内を売ったからでしょう?

 そもそも嘘をついたのは村の人間よ。

 そう侯爵だってそうよ。

 私は悪くないわ!

 いつもいつも、損をしているのは私だけ。

 こんなはずじゃなかったのよ!」


 彼女には、夫ほどの罪悪感はないようだ。

 迎えに来た者が見えていない。

 彼女の側には、泣き顔の子供がいた。

 可愛らしい女の子、エリの人間の友達だ。


『その女は、無理だね』


 影が湧き出る。

 そして水面から、男達が起きあがった。

 腐れた体の男達は、骨を鳴らして嗤っている。

 これはライナルトにも見えるようだ。

 エリを抱えて、更に奥方から離れると剣を抜いた。


『御同輩、今夜は良い新月の晩だ。

 お前さんは、逃げたほうがいいさね。

 光り輝く供物が、こんな腐れた場所にいちゃぁいけない。

 なにしろ我らが封じていた悪食が、お出ましになっちまったからね。

 あぁ、すっかり忘れていたがね。

 儂らは、村に縛られていたんじゃぁないんだよ。

 のさ。

 ご先祖様がね、人間を喰らう悪食を封じてね。

 しっかり見張るようにしていたんだよ。

 だから、悪食を封じて貰える言葉はぁ、どうでもいい代物だったのさ。

 これが最初の嘘さね。

 偽りが、結局、自分たちの首を締めたのさ。

 さて、今の人間は、悪食を封じる事ができるかねぇ。

 どちらにしろ、いっぱい死ぬだろうから。

 生贄には困らないってもんさ。』


 言葉と共に、あらゆる事が一瞬で起きた。

 沢山の人間が、四方の水路から押し出され落ちてきた。

 多くが兵士で、いずれも水を呑んだのか噎せ藻掻いている。

 そうした人々が途切れると、轟音と共に四方の水路が閉じた。

 石壁が落ちて、水路と水が遮断される。

 出入り口は頭上の穴と、滝のような水が流れ落ちる水源の穴だけになった。

 広い場所だが、四方の水路が閉じて水かさが徐々に増えている。

 赤い水だ。

 流れてきた者は、アイヒベルガーの領兵達だ。

 おおよそ見たかぎり、目立った怪我は見受けられない。

 ただ、呪陣によって弱らされているのか動きは鈍かった。

 腐れた男達が兵士へと近寄っていく。

 ライナルトが警告を発しながら、彼らの元へと駆けて。

 奥方は?

 彼女は増えてきた水に足をとられながら、未だに何かを呟き頭髪を掻きむしっていた。


『気にする必要はないさ。アレにはアレの役割があるのさ』


 影は、顔の前で手を振った。


『大丈夫さね。

 アレにはもう、力などない。

 儂らも死んでから気がつくとはね。

 アレにも可哀想なことをしたよ。

 壊れた場所に暮らしたのも、悪かったのさ』


「壊れた、場所?それよりも、何をする気です」


『何かって、そりゃぁお前さんは別だが、他は生贄になってもらうんだよ。今更、おかしな事を聞くねぇ。

 このままじゃぁからね』



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