第343話 お礼? ③

 ちょうど侯爵からの呼び出しが重なり、ライナルトは場を離れた。

 寝ているエリをちらりと見て、ちょっと行ってくるよと声をかける。

 エリはおとなしく頷いた。

 医者の話では、目立つ怪我はないそうだ。

 眠る時間が少し長いのも、これまでの疲労の所為だとか。

 痛むところもなく、気分も悪くない。

 目覚めてからは、自分が何処にいるのかわからない様子も考えてみればあたりまえだ。

 友達が助け、遊んでいただけなのだから。

 カーンは診療所の者の話を聞いている。

 負傷者や治療にあたっている者の話をよく聞いていた。

 実際何があったのか、現場の人間の話を聞いているのだ。

 それはそうだ。

 焼け野原と瓦礫を見た所で、原因は巨大な石塊だ。

 それが動き回り、暴れたと言われても、そうそう信じられる話ではない。

 事実だとしても、中々想像がつかないのだろう。

 私はエリの寝台に腰掛けて、そんなカーンをぼんやり眺める。

 気が抜けた。

 エリが想像していたよりも元気だったのもある。


「エリ、迎えが遅くなってごめんね。

 無事で、本当によかった」


 エリは小さく頭を振った。

 どうやら、歩けない姿を見て驚かせてしまったようだ。


「大丈夫だよ。

 治るってさ。

 それまでちょっと運んでもらってるけど、痛くないよ」


 エリが無事なら、もういいんだ。

 ライナルトではないが、死なせてしまったかと怖かった。

 だから生きていてくれただけで、力が抜けるほど安堵した。

 心の重しが減った。

 そうぼんやりと考えていた。

 少し眠い。

 と、私の腕が軽く叩かれる。


「何?」


 エリが私の手を握った。


『お礼、お友達から

 もしも、困ったら、助けてくれるって。

 水の、中、以外だったら、どこでもだよ。

 だけどお願いは、よく考えてね。

 一度、呼んだら、お腹がいっぱいになるまで、帰らないから』


 可愛らしい声は、失われたエリのものだろうか?

 夢で聞いた子供の声も、誰かはわからなかった。

 この声も、誰の声かわからない。

 実は疑っている。

 これはエリの人間じゃない方の友達ではないかと。

 手を握ったまま、エリを見る。

 藍色にきらめく瞳。

 エリは、そっと唇に人差し指をあてた。


『内緒、お友達。

 本当に、苦しいときに、呼んでね』


 つないだ手を顔の前にあげる。


 エリと繋いだ手の指に、煤けた銀の指輪があった。

 見たこともない指輪は、まるでずっとそこにあったかのように中指に収まっている。

 目を凝らすと、深い緑と藍色の力が指輪に踊っていた。


「何だ、早いな。どうした」


 見れば、カーンが戸口にむかって声をかけている。

 それに何とも困惑した表情のライナルトが戻ってきていた。

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