第517話 遡上 ⑧

「再教育、再加工、よかったなザム。

 新品になって、ますます、頭の中身がパーだ」

「冗談こけや、ザムは元々パーだろ」


 トリッシュとユベルの冷やかし。

 当人の声は、やはり聞こえない。

 それでも何か言い返しているのか、最後にザムも笑う。


「もちろん、同期は連座で再教育だ」


 カーンの言葉に、その笑いが消え、男たちが滑稽なほど凍りつく。


「アンタ等、馬鹿言ってないで仕事しな!暇なら速度を上げるよ」


 ミアの怒鳴り声で、藪をかき分ける速度が上がった。

 徐々に明けていく景色。

 未だ鳥の声は無い。


「現地民以外、獣人は除くとしても、旅で訪れる者には、毒の危険が残っているって事でしょうか。

 土壌の汚染は、飲水だけでなく食物からだって取り込んでしまうでしょう」


「そうだな、完全に鉱毒も消えた訳じゃぁない。

 それでも土壌回復と汚染除去は成功したといえる」


「いい切れると?」


「旅人がここの食物を口にしようと、地面の土を食おうと、即座に死ぬような事は無い。

 それこそ水を飲めば、毒は勝手に出ていく。

 腹を下すかも知れねぇが、薬も一緒に食って飲んでるって事だ。」


「そうか、そういう事ですね」


「風土病の徴候が出たら、薬で寄生虫を駆除する。

 駆除したら毒が残るのか?

 短期滞在なら、まったく問題が無い。

 今現在、東の食料に、蓄積するような汚染は残っていない。

 農作物になると、毒の影響は微量になる。

 雨水も今では、毒と呼べる濃度には至らない。

 お前の好きな金柑だって、腹いっぱい食ったところで毒は残らない。

 寄生虫が体の中にいなくたってな。

 ただし、それはお前が一年以上、この東に暮らすと言うなら話は別になる」


「やはり毒が?」


「東全体となれば広大だ。

 幾度も調べようと調べ尽くせるものではない。

 ただ、このオンタリオ周辺では、汚染による影響は無い。

 だからお前は死なない。

 だが、お前の子供、お前の先に続く命がどうなるかは、不明だ。

 どのような技術と努力に寄っても、一度汚れた場所である事に変わりはない。

 だから、ここに暮らすというのなら、やはり体を適応させる為に加工が必要となる。」


「加工って、手術ですよね」


「人体改造って奴だな。前にも言ったか?」


「改造って、まるで鍛冶屋が物を治す..あぁ加工か、加工ってそういう」


 何を想像したのか分かったのだろう、カーンは声を出して笑った。


「お前が考えるより、ずっと規模の小さな事だ。

 鍛冶屋で歯車取り替えて、水車を治すようなじゃねぇよ。

 疫病耐性つけるなら、針でチクッと薬をいれるだけだし。

 種族本能を抑えるってのなら、皮下に少し薬剤を埋める。

 切ったり縫ったり、内臓取り出したりはしねぇから。

 東マレイラで行われたのは高度な技術だったが、誰も鋸で体を切り刻んじゃぁいない。

 そんな恐ろしい真似を領民だって嫌がるだろう。

 手術自体は簡単で、多少太い針で腹を刺して内臓に薬を入れるだけだ。」


「十分、怖い」


「まぁ怖いか。

 でもよ、腹を断ち割るよりいいだろ。

 確か、免疫を作る臓器に濾過性質を持たせる細胞を移植して、新たな形質を持たせるらしい。

 細胞ってのは、体をつくるもんだな。

 もう、そのあたりは俺には謎だ。

 ただ、元からある臓器を使うんで、お前が考えるような大工事ではない。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る